私と元彼の関係性を語る上で元彼ママの存在は避けて通れません(笑)

元彼ママは、言うなれば「大人になりきれなかった、ワガママなお嬢さん」でした。

社会で働いたこともなく、
裕福なご実家も徒歩30秒圏内にあり、
ご両親もご健勝、
一回り以上年上の旦那様に大切にされて、何不自由のない生活です。

更に、息子たちは皆優秀で、反抗期もないときちゃあ、経済的にも社会的にも何も怖い物はなかったでしょうね。

そんな彼女にとって、愛息が自分以外の、しかも東京の女(私)に引っかかったことは、多分初めての挫折だったんじゃないですかねぇ。
彼女の「息子タンとラブラブ同居&家事全般嫁に丸投げ」生活の夢が断たれかねない大事件ですからね。
そりゃ意地悪もしたくなりますよ(笑)

でもまぁかわいらしいモンだったと思います。
彼女は「自分の思い通りにならない」ことを憎んでいたのであって、
「自分の希望が叶う」とわかれば一転ご機嫌になる純粋さを持っていました。


彼ママが私の父の職業を知ったころくらいから彼女の態度は少しずつ軟化し始めましたが、ある日を境に彼女の中の私の評価は180度転回しました。

その「ある日」がいつだったかは判然としないのですが、恐らく彼と別れる直前にお中元を私が贈ったことがきっかけだったと思います。

彼ママに会う度に私はお菓子をお土産に持って行っていたのですが、どうも彼女のハートに響かないことが多かったようで、しょっちゅう『私の目の前で』他人に横流しされたりゴミ箱行きになっていたりしました。
お中元を贈ろうと思ったのは、その前にマンゴーを貰ったことがあるお礼のつもりだったのですが、食の趣味が合わない以上お菓子を送っても迷惑だろうなと思い、少し高級な扇子を送りました。
その扇子か手紙かが、彼女の心に届いたようなんです。

その後私と彼は別れまた復縁しますが、そうとは知らない彼ママは、東京に旅行に来る度に私に連絡をとってきました。
流石に彼と別れていた間は会いませんでしたが、復縁後は彼女の召集に応じます。
ある時はご飯に誘われ、
ある時は舞台に誘われ、
ある時は「早く一緒に暮らしましょうよ」と言われ。

うっはー
いつの間にか親密度MAX~?!

ほんと、何事が起きたかと思いましたよ。
どうやら彼女の中で、私は「敵に価せず」と認定されたようでした。
タイトルの「千日一秋」は、「一日千秋」の逆の意味のつもりで勝手に作った造語です。テストに書いたら派手に×をくらいます(笑)

「どんなに長かった時間(=私たちの交際期間)も、今では一瞬のことのように思える」という気持ちをこめたつもりなのですが、
それなら「千秋一日」の方がピンとくるかな?と途中で気がつきました汗
まぁどうせ造語なのですが(^_^;)

とは言え、千日=3年弱。彼の就職が決まった頃から別れるまでの期間がそのくらいだったことを思えば、
そして別れ話の一番悩ましかった時期が秋だったことを思えば
まんざら間違いでもないかなとも思ったりにひひ

長かった千日一秋シリーズも一区切りです。お目汚し失礼しましたm(_ _)m

このあともまだちょっとトラウマネタが続きますので(笑)、全て吐き出すまでお付き合いください。
おみくじを引いたのが1月5日、
彼の誕生日が1月29日、
そして別れたのが2月4日…

ちょうど1か月で全ての片が付きました(笑)

恐らく彼の中では、1月29日の誕生日に私が沖縄に行かなかったのが決定打だったのだと思います。

どうも年末頃から、彼は同僚の女性といい感じだったのではないかなと。
我が家に停留していた際、よく「同僚からだー」と聞いてもいないのに言い訳をしつつ、メールをしていました。

そして自分(彼)の誕生日に決定的な何かがあったのだと思います。

流石に私と天秤にかけて悦に入る程まではしょーもない人だったとは思えないので(何しろスカスカにせよ7年付き合った人だし)、多分真面目に悩んで、考え疲れて、誕生日をきっかけに私と同僚女性の出方を見極めようと思ったのでしょう。

そう考えると、別れの電話の発端となった「風邪引いた」メールも果たして私宛に送ったのかも怪しいものです(まさかの誤送信?)。

微妙に2股かけられてた期間があると思うと不愉快でなくもないですが、
これ以上長引いても消耗するばかりでしたでしょうし、何かに導かれるようにとんとん拍子に進んだのがせめてもの救いです。

こうして私たちの時間は終わりました。

7年間もの長い長い月日の集大成が
別れ話が出たこの数ヶ月間に凝縮されたかのような、

怒涛の秋でした。