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小学校3年の夏

 

NOCO母は、妊娠しているため、いつものNOCO母実家への帰省が取りやめになりました。

 

その頃、NOCOが住んでいたのは、新興住宅街で、夏休みや冬休みになると

旅行や帰省で街から人が消えるのでした。

お盆時期など特に顕著でした。

それに、夏休みにどこにも行かない子なんてクラスにほとんどいなかったので

 

NOCOは、

「どこかに行きたい!」

「お母さんが無理なら、祖母宅まで、新幹線に乗って自分だけで行く!」

と啖呵を切ったんです。

 

 

そうやってなんどもなんどもお願いした結果

(いろんな記事に出てると思いますが、NOCOは諦めが悪いです。

思い通りになるまでずっとずっと言い続けてしまいます。。。これも特性でしょうか?)

 

NOCOはNOCO姉と二人、NOCO母の弟家族のところに遊びに行けることになりました。

 

当時、関西のとある府県に住んでいたNOCO。

おじさん家族は同じ関西といえど、府県も違う行ったこともなくかなり遠い場所でした。

電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、片道2時間程度の大冒険です。

 

NOCO母はNOCOに

「NOCO、梅田までは行けるでしょ。その後、大阪駅の方に移動したら

あとは駅員さんに駅名を言って乗る電車と、乗換駅を聞けば大丈夫だから」

「どうしても困ったら、電話してきなさい」

「最寄り駅についたら、迎えに来てくれることになっているから、

とりあえず最寄り駅まで頑張って」

 

この3つを伝えると

最寄り駅と、おじさん宅の電話番号を書いた紙と、2泊3日間旅費をNOCOに渡したのでした。

 

(ちなみに、このとき姉も一緒だったのですが、NOCOの『おばあちゃんちに行きたいえーん』が

発端なので、『すべての責任はNOCOが取りなさいキョロキョロ』ということで、

すべてNOCOの責任で行動することになり、お金も経路もすべてNOCO預かりとなりました。)

 

今と違って、インターネットもなく、経路や必要金額がすぐに調べられるわけでもなく

電話だって、公衆電話から家電にかけるしかない時代です。

 

初めてのところに子供だけで行くというのはものすごい勇気が必要でした。

(というかいかせる母の勇気に今は感服です、ものすごい考えがあったのか

大雑把で何も考えないタイプだからできたのか・・・びっくり

 

でも、もうNOCOの心はワクワクが止まりません酔っ払い

すぐさま、本屋さんに走り、地図を眺め、時刻表とにらめっこです。

どうやら3回くらいの乗り換えで行けそうだ。

もちろん、叔父宅に行くだけが目標ではなく、叔父は泊まらせてはくれるらしいが

日中は外出してくれと言っていたため、

2泊3日の観光ルートとその交通機関、

更には3日間で観光に使える金額も算出しなくてはなりません。

やることがいっぱい。

 

知ってますか?JRは距離で料金が決まるので、距離を調べて料金表に照らし合わせるんです。

それを半額にして、予算を立てる。

今の時代から考えるとめちゃくちゃ面倒ですが、

それが、ものすごいことをやっている感覚になってすごく楽しかったのを覚えていますウインク

 

 

退屈だった夏休みが、俄然楽しいものになりました。

 

 

裏腹に、可愛そうなのはNOCO姉です。

行きたいとも行っていなかった、旅行に無理やり連れて行かれるのですから。。。

 

ちなみに、NOCO、この旅行がきっかけで、子供の頃

地図と時刻表を読むのが好きになりました笑い泣き

 

 

あ、ちなみにNOCO母、ルートも全く教えてくれず(本人も知らず)

渡した金額も適当だったようです笑い泣き

(NOCO母曰く、昼間はでかけてほしいと言いつつも姉の子が来たら

色々連れ回してくれるだろう。往復の旅費さえ足りたらと思っていたそうですが、

そんなことはまったくなく、寝床と夕飯の用意のみでした爆笑