《2010.4.17の夢》
以前派遣されていた某AV機器メーカーに出勤するが向かったのは現場ではなく大会議室で、社員さんやスタッフさん達が集合している。

そこで人事部から「派遣及び契約社員は皆直近の契約終了時点にて解雇とする」旨を言い渡される。

その後会議場を退室するが気付けば出てきたのは私一人で、中を覗くと職長班長と他のメンバーが全員残ったまま何か打ち合わせのようなことをしている。


《2010.4.18.の分析》
自己決定能力は身に着いてきたが
今の私に必要なのは
「人ともっと積極的に交流していくこと」
と指摘を受けた。



《2010.4.25.の夢》
父と仕事している中、気付けば腕時計を失くしたり車を盗まれていた。 

私はもう出てこないだろうと諦めながらもそれらを探し回る。


《2010.4.25.の分析》
まだ"父の影"を引きずっている。
このままでは仕事も奪われる。
断ち切れないと我道には進めない。
再度"お釈迦様の話"を聞かされた。
(プロローグ4参照)

一方で人と接するときは
先ずその人から盗めるものを盗むという利己主義的思考が消極的な私の場合は必要。
「"彼は彼、私は私"ではこの先通用しません」
とのこと。



《2010.5.6.の夢》
とあるお屋敷に滞在しているとそこの責任者から呼び出され

私が持ってきた草花の葉が尖っていて犬が逃げてしまったのでその草花を何とかしてほしいと頼まれる。


《2010.5.9.の分析》
自分が何のためにその屋敷に居てどんな花をどんな理由で持って行ったのかが不明

つまり行動を起こす前にその動機を決められていないということ。



「"破天荒"に生きていって下さい」

セラピストからそう発破をかけられた前回のセラピー以来

私は自身の分析にて迷走していました。

もっと社会と交われ
もっと積極的に生きろ

当時週一ペースで受診していたセラピーにて折角精神分析を受けながらそんな程度の気付きしか得られぬ受診がこの一か月程続いていたのです。


セラピストが私に語りかけてくる言葉はあくまでもセラピストの主観的なものではなく

セラピストによる分析を通して私の無意識から掘り起こし出した私自身の"心の叫び"なのだと思い返すことで

私は自身の分析を"セラピー(癒し)"として落とし込んでいくように意識してきました。

只それでも元来アウトサイダーの如く生きてきた私としては

「積極的に社会と交わっていって下さい」

と発破を掛けられるのがとにかく辛かったのです。



そんな孤立した行動癖はこの当時の職場から私生活に於いてもやはり同様でした。


三年間の期間契約にて就業していた私は既に上半期の一年半の勤務期間を経ながらも職場仲間からは

「星山さん(私)は一人でいるのが好きなんですね」

などとわざわざ指摘を受けるほど勤務中も休み時間もほぼ一人で黙々と過ごしていました。

確かに基本的にはそうではあるものかも知れないものの私自身としては必ずしもそういう訳でもなかったのですが

只それまでの職場仲間との会話にて話題が異性間や家族との話になると

この当時既にセラピーを受け始めてから13年を経てきていた私はどうしても分析で学んできた精神論を主軸に話し始めてしまい

それがコンプレックスを無意識に抑え込みながら生きてきた彼等の心の傷をほじくり返すことになると気付いてからは敢えて余分な接触を避けてきたのです。


その一方でライフワークとしていた作曲の方はというと

ピアノ教室で知り合った知人に紹介して貰った某音大教師からパソコンソフトを使ったDTM作曲の指導を受けながら曲作りに挑戦していたのですが

元々70〜80年代の洋楽バンドブームへの傾倒に端を発した私の曲作りのイメージとしてはどうしても弦楽器や吹奏楽器等の生演奏の音源を必要とし

楽器の演奏など何一つ満足に出来なかった私は月謝を払いその音大教師の手を借りてでもパソコンソフトを使ってなんとかそれら作り出そうとしつつも

どうしてもイメージ通りには進まない状況が続いていたのでした。


実際DTM作曲の先生からも、バンド音楽の全ての楽器の音をパソコンソフトで忠実に表現するのはプロでも至難の業であり

やはり演奏者を見つけてきて演奏してもらった本物の音をリアル録音した方がいいとのアドバイスを受けてたにもかかかわらず

それでも私がそこまで自力による創作スタイルに固執していたのには理由があったのです。


それとは…

アイデア一本勝負だった私はとにかく手練れの音楽家にメロディやフレーズを盗まれてしまうことを恐れていたためでした。


いくら世に著作権なるものが有るにせよ

趣味の領域を未だ抜け出せていない私がまさか完成度の低い曲を作る毎にJASRAC(日本音楽著作権協会)にそれらを申請する訳にもいかなければ

如何せん申請した後にもし万が一でも何処かで自分のメロディが盗作されたと気付いたところで

私の様な何処の誰かも知れぬずぶの素人がそれを起訴し裁判沙汰にもっていくことも所詮現実味の無い話な訳で…


"自身の欲望を語れなかった父"からこれまで多くのものを奪われ

その父との関係性に抱くマイナスイメージの呪縛に囚われ続けてきた私は

"億万分の一"かも知れないそんな杞憂に心を囚われ続けてきたのです。



実際軽音楽史上に燦然と輝き続ける名曲の歌手や作詞作曲者にも関わらず

プロダクションやレコード会社との不当な契約に泣かされ不遇なその後を強いられてきた数多の歌手や音楽家に返り見る音楽業界の余りに無残な実態をテレビ番組等で度々拝見する度に

「自らの欲望を語れない者は他人の欲望を喰物にして生きていくしかない」

という言葉に世に出て行こうとする行動欲を止められてきた私だったのですが


しかし所詮は

「他人が信頼できないのは

 

自らを信頼できてないことの合わせ鏡である」

ということなのです。


これから自分が挑戦しようとしていることは間違っていない

 

もしこれから出会う人物に目先の利益ばかりに囚われたようなトラブルメーカーが存在したとしても

 

必ずそのトラブルを乗り越えられると自分を信じられない

 

そんな自分自身と向き合えない

そして"自己存在感"の喪失…


今回私が分析に持ってきた三つ目の夢はそんな私に

『いつまでも社会の表舞台に出て行かず

 

お前は今何処で何をやっているのだ!?』

と訴えかけてきたのでした。



とはいえど

「自分を信じて生きていけば良い」

などと教えられて育てられてきた訳でもなかった私が

 

そんな自分自身に自信を持てといきなり発破を掛けるのは

所詮”砂上の楼閣”を築こうとするようなものです。



失われた自己存在感を取り戻すには

 

先ず夢分析を介して自身が語る"主の語らい"と"他者の語らい"の言語を分別していくことで

 

これまで抑えつけられてきた"自らの欲望"を正しく言語化し

その実現に向かって日々精進を重ねていくことにより自らの生き様に“一貫性“を構築していく


そしてその矛先を

セラピストから言われ続けてきたように"自己実現の鍵"となる

「誰と出会うか、繋がるか」

へと向けていき

自らが構築した“一貫性“をもってそんな同志や協力者との“共時性“を形成していくこと

と認識してきたところではあるのですが…


実際にはいつまでも”人の精神の成り立ち”と向き合えず

 

“人を育てる“ことを学べずにきた現代社会のなかで

そんな自身をどうしてそこまで育て上げていけようがあるというのか…


主体性を生み出すための”理論“は理解出来てもそれを生み出すための“環境“が出来ておらず

 

先ずは誰かによってそれが作り上げられることを要するという現状であるのなら

結局は“鶏が先か、卵が先か“になってしまう…


精神面から考察するならその形態が如何なるものであろうとも

"新たな命の生成"自体は親の“生み育てる“という本能により繰り返されてきたことに違いない


しかし単なる"生態系の維持"に留まらず言語を生み出し自我に目覚めた人類は

自らが“生きることの意味“と向き合うことで“新たな命の生成“における意思決定をも問われることとなったはずなのですが…


そんな現代人が今日までに形成してきた実態は

人の精神を育てるために必要となる“父の言語“を喪失した

 

“父不在の現代社会“

と言わざるを得ない現状であると私には思えてならなかったのです。



実際夢分析のセラピーの受診を始め人の精神の成り立ちについて学び始めると

 

クライアントは皆このジレンマに苦しむこととなるようですが…



そんな"信頼"の二文字を欠損した"父不在"の現代社会の荒波の中で

私達は如何にして自らの人生を切り開いていくための"意思"を

またその意思を生み出すために必要な"主体性"を

そしてその精神の"根"となる"欲望"を生み育てていけばいいというのか…



私は自身のセラピーを受診し始めたころ

夢分析に入る前に先ず以下の様にセラピストから教えられてきました。


「夢分析によって顕在化された"自身の欠損"と向き合っていく為には、先ずそれを"受け入れる"ことから始めていくしかない」

そして

「そのためには"第三の目"を養う必要がある

第一の目とは

 

"行動を起こしている自分"から見るための目

第二の目とは

 

"行動を起こしている自分に反応しそれに働きかけている自分"から見るための目

そして第三の目とは

 

"そんな二人の自分による事態を客観的に俯瞰している自分"から見るための目を意味する」


もっと自信を持て
自信を持てるような自分になれ

と無理から自身に発破を掛けるのではなく

先ずはこの“第三の目"を持つことで自らの現状を俯瞰しながら

"自信が持てないありのままのの自分"を認めつつそんな自分を受け入れ

その上でそんな自分と向き合ってみる



これまで夢分析に迷走してしまったとき

私はいつもこの原則に立ち返るように心掛けてきました。


『私は他人が信じられない…

 

そしてそんな自分自身が信じられない…

 

 

それで良いとか悪いとかということではなく

 

肝心なことは

 

そもそも何故"そんな自分"となってしまったのか

 

という根本的な問題点の究明に常にフィードバックし続けることと

 

そうして自らの問題と向き合い

 

それを克服しようと前進し続けている自身を愛し続けること』

 

 


そう自分自身に語り掛け続けることで

 

その"ありのままの自分"が

「ならば"こんな自分"を育て直してくれ!」

という赤子の産声の如き言葉を叫び始め

その心の叫びがやがて新たな"自己存在感"となって

自身の精神に宿っていくのかも知れないとイメージしながら…



そして私はこの翌週

 

一歳位の赤ちゃんを膝に抱いて重湯を食べさせている夢

 

を見たのですが

 

 

結果的に夢分析を受け続けながらそう叫び始めた自らの精神と向き合っていくことによって

この四年後に迎えることになる"父の他界"をきっかけに

 

"自らの育て直し"へとそのベクトルが向かい始めていくことになっていったと思うのです。