《2010.7.27の夢》
マラソンに出場している。
その途中でガールフレンドにマッサージしてもらう。
... 

電車に乗って  海に行き、クルーザーに乗る。

《2010.8.1の夢》
海外旅行していて、旅先で黒人と白人の男性と出会い親しくなる。
二人と別れるとき、父にプレゼントの靴を買って帰りたいと話すと黒人が大阪にお店を出していて靴を売っていると聞く。
帰国後その店を訪れるが、そこは靴屋ではなく雑貨屋で靴は売ってなかった。



《2010.8.1の分析》

「そうか、雑貨屋に靴は無かったのか…、最近何か変わったことは?」

そんなセラピストからの質問に、久しくも音楽活動に関する内容を報告することから今回の分析は始まりました。

その頃勤めていた会社で知り合った同僚のなかに地元の神戸にて活躍していたDJがいたことを知り、その彼と音楽を通じて親交を深めていたことや

四年程続けていたピアノサロンの先生からその年の発表会にて演奏予定であった引き語りの曲の出来栄えを褒められたり等のことが続き、音楽活動に弾みが出てきた旨を伝えると


地味に思うかもしれないが確実に”現象化”しています、とのこと。


「"靴"は、シューズメーカーを営んでいたお父さんと光輝さんとの関係を象徴するものですからね。

靴屋と聞きわざわざ立ち寄った店にその靴が無かったというのは光輝さんの中の"過去のお父さんへの拘り"が消えていることなんでイイんですが…」


只私の場合、チャンスが訪れると瞬時にそれを壊そうとするから気を付ける様とのことでした。


現象化(行動)が止まってしまう原因は、

1.無茶をしようとしているか!?
2.間違ったことをしているか!?

修正するためには

1.の場合、目標設定や行動計画を遂行可能なものにするべく"ステップを分解"していく。
2.の場合、そもそもの"動機"を再検討する。 ”親の飲み込み”に巻き込まれていないか⁉



一つ目の夢ではマラソン(=自力の戦い)にガールフレンドをパートナーとして挑戦している。

するとその先で大海(=自由な領域)に出てたくさんの友達と行動していくことになる。


この"マラソンの夢"からは判断できるのは

今の私にとって必要なものは、"チーム作り"よりも先ずは"パートナーとの出会い"

ということでした。


「光輝さんにとって"チーム作り"とは会社経営をしていたお父さんのイメージなんですよ」


バブル経済の崩壊が始まる手前までに全盛を極めていた父の事業には本社に三十名程の社員と、外注生産を担う下請け会社を含めると百名を超える人材が携わる規模のものでありました。

それまで高級品とされていた本革製の婦人靴を3,900円という低価格にて全国一斉販売した結果、当時の革靴市場を独占していった父の事業は急成長を遂げましたが

業界屈指の高額報酬を提供する反面、長期的な販売計画も立てぬままろくな社員教育も施すことなく、ひたすら売上の実績主義に徹した父の経営方針はやがて社内に於ける人間関係に於いて大きな歪みを生み出していくと

怒涛の如く押し寄せる顧客市場からの大量注文を只々右から左へ受け流すだけの殿様営業に胡坐をかき始めた営業の実態の元、次第に販売市場でのバッティングや営業重視の杜撰(ずさん)な生産計画による品質の低下が生じ始め

そんな挙句の業界内での悪評による販売力の低下と大量の不当返品によってやがてその経営状況は悪化の一方を辿ることになっていきました。

しかし経営状況の悪化自体を最早他人事のようにしか捉えることの叶わなかった社員にそんな不況の責任を覆いかぶせながら

それでも経営者としての絶対的立場を堅持したまま自身は財テクの副業を大義名分とし本来の社長業としての責任から逃げ続けた父はその結果

大学を卒業した長男の私が入社しそれを煙たがった販売頭の営業社員に自身が出した大量の不当返品の処理もさせ得ぬまま只々得意先を"持ち逃げ"されて間も無くして

奇しくもバブル経済の崩壊と重なり二度に渡る手形の不渡りを出すと敢え無く倒産の憂き目を迎えることとなったのです。

そしてその後には、そんな父の再建についてくる社員は一人もいませんでした。



「光輝さんはそんなお父さんの失敗する姿を見てきたんです。その光輝さんがお父さんのやり方をしようとすると失敗します」


帝旺学として幼いころから私に語り掛け続け、自身も"飴と鞭"を巧みに使いこなし形成してきた父のチーム作りが象徴していたものとは

"支配"

の二文字でした。

その結果、父は自らの事業と共に家庭そのものも崩壊させていくここととなったのです。



「マラソンの夢の様に、先ずはサポートしてくれる"パートナー"を得てレースを走り続けていられたなら、次の夢に出てきた船上(=”戦場”)で出会った友達と共に大海をもっと自由に動きまわれていたでしょう。

ではパートナーを得る為に必要なものとは何なのかということになりますが、それは逆にお父さんが欠損していたものを遡(さかのぼ)れば見えてくるはずですよね」


セラピストによってそう導き出されたものとは、結局これまで私自身の欠損としても対峙してきた

"信頼"関係

というものでした。


そして"自らの欲望"を言語に語れなかったそんな父の人生を振り返れば

"信頼"とは他人よりも先ずは"自分自身を信じることから始まる"ということを痛感するのですが

では一体自分の"何"を…?



私はこの問い掛けに突き当るといつも思い出す言葉があります。

それは以前とあるテレビ番組で見た

”ヨシダソース”の創業者である吉田潤喜氏の言葉です。


簡単に吉田氏のプロフィールを紹介しますと…

カメラマンの父と雀荘や焼肉店を営む母との間に在日コリアン二世として生を受けた吉田氏は生活苦や四歳時に事故で負った失明などの苦境を経ながらも、自らが打ち込んできた空手にて八段まで極めた後には米国国籍を取得するために若くして渡米し、その異国の地にて当時ブルース・リー人気でブームであった空手道場を開いた。

しかしそれが経営不振に陥ると、元々の稼業であった焼肉店のタレを使いアメリカ人に合わせて味付けされたバーベキューソースを生み出し、1977年にアメリカ国籍を取得した後1982年にはオレゴン州に吉田ソース会社を創立した。

彼が生み出したそのソースは、創業者であった彼自身がパフォーマンスした実技販売やテレビコマーシャルによって大いに人気を博し、現在では世界10か国に於いてそのマーケットを拡大している。

更に航空輸送業や不動産業等の多角経営までにも及ぶ彼の事業は今やスタッフ400人、年商2億ドルをあげるアメリカ中堅の有名企業にまで成長を遂げ、2005年にはNewsweek日本版で「世界で最も尊敬される日本人100」に選ばれている。(Wikipedia参照)




いくつもの苦難を乗り越えてながらも常に前進し続けてきたそんな氏が、テレビ番組の取材にて受けた"成功の秘訣"に対してにんまりと笑みを浮かべながら答えた言葉というのが

"Love Yourself"

の一言でした。



心理学に於いて"自己愛"という言葉が有ります。

この言葉のイメージ自体はしばしば"自己愛パーソナリティ"と混同されてしまことがあるのですが

自己愛性パーソナリティとは、ありのままの自分を愛することができず、自分は優れていて素晴らしく特別で偉大な存在でなければならないと思い込むパーソナリティ障害の一類型の名称を意味した言葉で(Wikipedia参照)


ここで言及している"自己愛"とはその字の如く

人が本来自らに抱くべき"愛情"

を意味します。



自らに抱く"愛"こそがその精神に"信念"を湧き上がらせ

そうして育まれた"自信"がやがて社会に向けた大きな"信頼"へと成長していく


そんな自己愛を形成していくためには

先ずは自らが"生き続け"なければならない

そして常に行動し続けなければならない

それは、そんな自らが経ていく"一日一日"が自分自身であるから。


「自らの意志による一日一日の日々の積み重ね」にアイデンティティ(一貫性)を生み出し

それを自らが愛する対象とする。


この夢分析を受診してきて以来

私はそういった気付きの中で自分と向き合ってきたつもりでした。



そもそも"個"として自立した"自ら"が存在しなければ"自己愛”など持ち得ようもないのです。


人がこの世に生を受け正しい親子の関係性のなかで成長していけたなら

その人は自然な成長のなかで自らのアイデンティティを形成していくべく日々を重ねていけるはずなのですが

残念ながら実際にはほとんどの親から親自身の都合のために

わがままをいうな!
親のいうことを聞け!

などとその個性を殺され

無残にもその子自身のアイデンティティを形成していくための貴重な日々は踏み躙られていく訳です。



"自己愛"抜きに"他者愛"など在り得ません。


私自身、この”自己愛"という三文字と向き合えて初めて

人は"己自身と向き合う資格"を得ることになると信じてセラピーを受け続けてきましたが

と同時に、実際その欠損こそが私の最大のコンプレックスでもあったのです。



そんなわたしにとって、この"自己愛"の対極に在るのが

「親から刻印された"怒りの破壊衝動”」

というものでした。



これまでの実生活の日々を振り返れば素の私はいつも怒っていたように思います。

実際の日々の生活の中で事あるごとの様に顔を出すのは圧倒的に此方の方でした。


そしてこの怒りの正体とは

「自らを"個"として生かしてくれなかった親に対する"怒り"」

であった訳です。