こんにちは、スタルペスです。

前回の続きです。

女狭穂塚(めさほづか)古墳は、仁徳天皇の
妃の「髪長媛」の墓と言われていますが、仁
徳天皇と言えば、日本一の大きさを誇る大阪
堺市の「大仙陵古墳(仁徳天皇陵)」がその
墓とされています。


男狭穂塚・女狭穂塚の解説板

その仁徳天皇の妃が、遠く離れた日向の地で
離れ離れに眠るのは、なんだか悲しいように
感じます。

この「髪長媛」、仁徳天皇の皇后ではありま
せんでした(側室?)が、仁徳天皇との間に
2人の子供をもうけ、その一人は雄略天皇の
皇后になっています。(残念ながら子供は成
しえませんでした)

この古墳の伝説(神話)の瓊瓊杵尊(ニニギ
ノミコト)と木花之開耶(このはなのさくや)
のエピソードも天皇家が日向の娘を妻にする
というものです。


※位置関係から女狭穂塚古墳の前方部?

天孫降臨から神武東征までの伝説は、ここ日
向の地から始まります。

少なくとも、この日向の豪族が天皇家と血縁
関係で結びつきを強めたことで、「天皇家のル
ーツは日向」という定説が作られてきたのかも
しれません。

そのような意味合いからも、西都原古墳は、
私たちを日本人のルーツ探しの旅に導いてく
れる場所なのかも知れません。


「史跡 西都原古墳群」の石標識


もっともっと、ここで、西都原古墳群のパワ
ーを感じていたいところですが、時間がなく
なりました。
なんと言っても残念なのは、「西都原考古博
物館」にいけなかったことです。

残念!! 無念!! ・・・ああ 無常!!
 
 気を取り直して、今日のランチの紹介です。
日南海岸で「漬けカツオの山かけ丼」です。
うまい!


※カツオの叩き丼 ・・いけます!

帰宅したら家内が、早速真似して作ってくれ
ました。
これも、うまい!