2021年11月4日(木)
京都散策7日間の旅の第4日目の後半は、「城南宮~竹田口」(5)
地図は下記クリック
「バス停城南宮東口」、出発、午前11時40分。
「城南宮」(11:46 11:57)
白河天皇が鳥羽離宮(城南離宮)を造営してからはその一部となり、
離宮の鎮守社として代々の天皇や上皇の行幸がしばしばあった。
鳥羽伏見の戦いの跡の案内
熊野詣朱出立の地の案内
「鳥羽離宮跡公園」(12:00 12:45)
公園内に現代は全くその面影はないが、院政時代は御所に比べられるほどの巨大な建造物があったという。
鳥羽は桂川と鴨川が合流する水運上の要衝だったほか、狩りをする好適地としても知られ、
貴族の別荘地として栄えた。そこに政治の実権である院政が行われた。
院政終了後は廃れてしまい、南北朝の動乱で焼失。その後、幕末の鳥羽伏見の戦いが起こる。
京都の南に位置した鳥羽離宮の東殿に鳥羽上皇が造営した仏堂を起源とする皇室ゆかりの寺院である。
境内に接して鳥羽天皇と近衛天皇の陵がある。
「かみいで橋」(東高瀬川)(14;02)
九条通は、京都市の主要な東西の通りの一つ。平安京の南端の九条大路にあたる。
東は鴨川の九条跨線橋東詰の東福寺交差点でそのまま東大路通につながり、
西は葛野大路通に突き当たる。千本通から西でやや南へ、
西大路通からはさらに大きく南に振れていて、平安時代のものとは大きくずれている。
現在の千本通との交差点あたりに羅城門があった。その羅城門は980年(天元3年)に
暴風雨で倒壊した後には再建されず、現在は碑が立っているのみとなっている。
京都駅八条口の通りが八条通で、この通りと
竹田街道が交差する「竹田街道八条交差点」が「竹田口」となる。(14:40)
「竹田」を通り伏見港へとつながる竹田街道がのびていた。
竹田街道は江戸時代になって開かれた街道である。
御土居の出入口が東洞院通八条上るにあった。
到着午後14時40分.
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