2018年10月22日(月)
「北陸街道17日間歩き旅」の第10日目は、「石動~津幡」(12)を歩く。
「石動駅」、出発、午前6時00分。
県道32号に合流して、左折。(6:05)
北陸道を地下道をくぐって県道42号に合流して、「野端交差点」(6:17)
県道42号から右折が早すぎて、ウロウロ。
東口?から「埴生(はにゅう)八幡宮」(6:45 6:53) 509
倶利伽羅峠の戦いの戦勝を当社に祈願したことが見える。

「倶利伽羅源平の郷・埴生口」(6:53)
「義仲公戦勝の源・埴生」の標識。
「埴生橋」(6:54)

「医王院」(7:02)
裏手に若宮古墳。
Y字路、右。(7:04)

「倶利伽羅峠の長坂の登り口」
(7:24 7:37)
「たるみ茶屋跡の案内」(7:48)

「峠(天池茶屋跡)」の案内。(8:05)

「矢立観音」(8:10)
約7kの間に道しるべと旅の安全を祈念して33体の観音仏が安置された。
明治の廃仏毀釈で各地に分散。
元の位置に戻った唯一の観音さんだ。

「工事現場」に遭遇。(8:17)
谷を下って、遠回りですごす。
「一里塚跡と思われるところ」の案内。(8:18)

「砂坂登り口」(8:20)
「栃波山265m・猿ヶ馬場」(8:37 9:05)
倶利伽羅峠は、1183(寿永2)年の源氏と平家が興亡の明暗を分けた
倶利伽羅源平合戦の舞台。
木曽義仲による「火牛の計(かぎゅうのけい)」はあまりにも有名。
1183(寿永2)年5月11日、平家軍の総大将、平維盛=清盛の嫡男重盛の長男)は、
1183(寿永2)年5月11日、平家軍の総大将、平維盛=清盛の嫡男重盛の長男)は、
倶利伽羅山中の猿ヶ馬場(さるがばば)に本陣を敷いて、
7万余騎の軍勢とともに木曽義仲率いる源氏軍を待ち構えていた。
一方、義仲は埴生八幡宮で戦勝祈願を行った後、平家の動きに合わせて味方の軍を
7手に分け配置させ、夜が更けるのを待っていた。夜半に北側の黒谷の方角から、
400から500頭もの牛の角に松明(たいまつ)を付け、4万余騎の軍勢とともに
平家の陣に突入しました。昼間の進軍で疲れ切っていた平家軍1万8千余騎は、
源氏軍の奇襲に混乱し、何もできずに追い詰められ、人馬もろとも地獄谷に
突き落とされた。


「源平供養塔脇の古道」から進む。(9:05)
「車道」に出て下る。(9:09)
地図によれば、この辺が富山・石川の県境か。

「手向神社」(9:12)

「倶利伽羅不動尊」(9:13 9:18)
成田不動尊(千葉県)、大山不動尊(神奈川県)と
並び、日本三不動尊の一つとして知られ、
縁日の28日には県内外から多数の参詣者が訪れるという。

Y字路、左で、山道を下る。(9:36)
「馬洗いの場」(9:40)
周辺に地下水が湧き出る山森村や倶利伽羅村では、
かつて旅人の休憩地として茶屋が軒を並べていました。
「龍ヶ峰城跡」(9:4810:27) 633
標高194メートルの龍ヶ峰(りゅうがみね=通称「城ヶ峰」)に
築かれた龍ヶ峰城は、加越国境の倶利伽羅峠を通る歴史国道「北陸道」沿いに
あった。った。 古来から交通の要衝であった津幡では、
中世から近世にかけて一向一揆や、前田利家と佐々成政との戦いなど
戦渦に巻き込まれることが多く、こうした歴史的背景の中で、
龍ヶ峰城は一向宗や佐々成政勢の城として活用されてきた。


石畳坂を下る。(11:03)
「車道」に出る。(11:07)
そのあと、「歴史国道の案内」で、「竹橋宿」を行く。
倶利伽羅峠への中継宿として格付けされた竹橋宿には、本陣(ほんじん)や
旅籠(はたご)を始め、物資を輸送する伝馬問屋などがあった。

「竹の橋」(11:19)
「道の駅 倶利伽羅 源平の郷」(11:27 11:48)
「IRいしかわ鉄道線」のガードをくぐる。(11:46)
「津幡運動公園」をの中を進んでいく。(11:56)
抜けて「八幡神社」(12:18)
「村瀬境橋」(倉見川)(12:22)
JR七尾線を横断。(12:32)
「中津幡駅前」(12:34)
「津幡交差点」(12:42)
「姥土橋」(総間川)(12:43)
この辺が「津幡宿」があった所。
「御旅館橋」手前に、「わき本陣角屋跡の石碑が立つ。
「御旅館橋」(津幡川)(12:46)
橋の向こうに「弘願寺」
「加賀爪交差点」(12:51)
「三輪神社」(13:10)
JR七尾線、IR石川線「津幡駅」、到着、午後13時20分。
この後、「高岡駅」に戻って、見損じている「瑞龍寺」へ。
「瑞龍寺」(14:40 15:10)
壮大な伽藍配置で有名な国宝瑞龍寺。
壮大な伽藍配置様式の豪壮にして典雅な美しい、
加賀藩120万石の財力を如実に示す建造物。
高岡の開祖、加賀前田家2代当主前田利長の菩提寺であり、
曹洞宗の名刹。3代当主前田利常の建立で、1997年に山門、仏殿、
法堂が建造物として国宝に指定されているという。

山門と仏殿

法堂

石廟
利長、利家、織田信長、信忠らの分骨廟。
この日は、高岡駅ちかくのBHに連泊。