2014年5月14日(水)
この日、奥州街道:仙台・松前道「五戸~十和田市」(26)を歩いた。
新町交差点の先で県道15号に合流地点が本日の出発地点。
午前7時30分出発。
午前7時30分出発。
すぐに左折。(7:30)


五戸町役場、図書館、五戸町歴史みらいパークに寄り道。(7:31 7:41)
再現:五戸代官所五戸代官所は、廃止となる明治2年までの
約234年間にわたり、五戸通り合わせて28ヶ村の
司法、行政、警察権を統括し、藩政末期には
1万4170石を領していた。

再現:五戸代官所五戸代官所は、廃止となる明治2年までの
約234年間にわたり、五戸通り合わせて28ヶ村の
司法、行政、警察権を統括し、藩政末期には
1万4170石を領していた。

「五戸橋」(五戸川)(7:42)
「㈱菊駒酒造」(7:47)

「㈱菊駒酒造」(7:47)

右折。(7:49)
「中市筒口用水路」(8:00)
「青森県立五戸高校」(8:02)
「中市筒口用水路」(8:00)
「青森県立五戸高校」(8:02)
「根岸八幡宮」(8:04 8:14)
「樹齢300年のイチイの木」
「史跡三十三観音」
江戸中期から末期にかけて、死者への供養や極楽往生を願うため、西国霊場巡りをまねてつくられた。五戸地方では唯一の三十三観音。
「菊女の供養塔」が薬師堂に収まっている。

「樹齢300年のイチイの木」
「史跡三十三観音」
江戸中期から末期にかけて、死者への供養や極楽往生を願うため、西国霊場巡りをまねてつくられた。五戸地方では唯一の三十三観音。
「菊女の供養塔」が薬師堂に収まっている。

街道は、国道4号に沿って、草道で続くが、やがて国道4号に吸収。(8:31)


「十和田市」に入る。(8:48)
「バス停一本松」(8:58)
「伝法寺小学校前」を過ぎ、右折して「伝法寺宿」に入って行く。(9:26)
「伝法寺八幡宮」(9:30)
道を間違え、そのまま歩いて、「道の駅とわだ」で一休み。(9:45 10:10)
「バス停一本松」(8:58)
「伝法寺小学校前」を過ぎ、右折して「伝法寺宿」に入って行く。(9:26)
「伝法寺八幡宮」(9:30)
道を間違え、そのまま歩いて、「道の駅とわだ」で一休み。(9:45 10:10)
戻って、「光明寺」前で、右折(道の駅から)。(10:28)
国道4号を横断。(10:30)
国道沿いに「伝法寺館跡の碑」(10:30)
国道沿いの狭い道に入る。(10:33)
(長台口1.6kの道標の道ではない。)

国道4号を横断。(10:30)
国道沿いに「伝法寺館跡の碑」(10:30)
国道沿いの狭い道に入る。(10:33)
(長台口1.6kの道標の道ではない。)

途中、林道?を横断するが、その道が草に覆われている。(10:41)


道が開けて、民家が見える。(10:52)


林道が続く。


石塔がある。(11:12)
ようやく車道に合流し右折して、県道145号に合流。(11:22)
古い追分石がある。

ようやく車道に合流し右折して、県道145号に合流。(11:22)
古い追分石がある。

「和島入口バス停」(11:27)
藤島川を渡る。(11:33)
「藤島宿」に入る。
「バス停藤島」(11:35)

「藤島宿」に入る。
「バス停藤島」(11:35)

「御幸橋」(奥入瀬川)(11:42)


「バス停相坂」(11:51)
「天満宮」(11:54)
「バス停小稲」(12:03)
「バス停並木」(13:29)
だんだんと、にぎやかな商店街になってゆく。
「バス停三丁目」を過ぎるとアケード商店街 (13:38)
「天満宮」(11:54)
「バス停小稲」(12:03)
「バス停並木」(13:29)
だんだんと、にぎやかな商店街になってゆく。
「バス停三丁目」を過ぎるとアケード商店街 (13:38)
ここで本日の「街道歩きは」は終了。午後13時40分。
この後、「十和田市内見物」をする。(13:40 15:20)
まず、「官庁街通り(駒街道)を往復。
幅36m、長さ1100mの桜と松が4列の並木通り。
各種のモニュメントが見られる。




幅36m、長さ1100mの桜と松が4列の並木通り。
各種のモニュメントが見られる。




その後、「新渡戸記念館」に向かう。
「新渡戸記念館」は、
三本木原の開拓の祖新渡戸傳翁、長男十次郎氏、
十次郎氏の三男であり国際親善に活躍した農学・法学博士新渡戸稲造氏の
蔵書や遺品を永久に保存する為に建築された。
記念館を見学して、「稲生川」の用水路の開発に対してのすさまじい迫力を
新渡戸傳翁を感じた。
三本木原の開拓の祖新渡戸傳翁、長男十次郎氏、
十次郎氏の三男であり国際親善に活躍した農学・法学博士新渡戸稲造氏の
蔵書や遺品を永久に保存する為に建築された。
記念館を見学して、「稲生川」の用水路の開発に対してのすさまじい迫力を
新渡戸傳翁を感じた。
太素塚
太素の森にある太素塚だ。
新渡戸氏三代の墓所となっている

太素の森にある太素塚だ。
新渡戸氏三代の墓所となっている

本日は、十和田市内のBHに宿泊。