2014年4月20(日)
この日、「奥州・仙台松前道」「仙台~七北田」(10)を歩いた。
明日は「雨模様」。そこで、急遽、一日早く、少しでも多く歩くことにした。
仙台宿・「芭蕉の辻」、出発、午後12時30分。
ここ「芭蕉の辻」は、江戸時代の仙台城下の中心。
辻には高札場があり、「札の辻」と呼ばれていた。
その後、「芭蕉の辻」と呼ばれるようになるが、これは松尾芭蕉との関係ではなく、
芭蕉という虚無僧が住んでいたからという。

ここ「芭蕉の辻」は、江戸時代の仙台城下の中心。
辻には高札場があり、「札の辻」と呼ばれていた。
その後、「芭蕉の辻」と呼ばれるようになるが、これは松尾芭蕉との関係ではなく、
芭蕉という虚無僧が住んでいたからという。

旧奥州街道(国分町通り)と定禅寺通りの交差点を境に国分町の南側はオフィス街、
北側は東北地方最大の歓楽街となっている。(12:35)
その差が歴然としている。
北側は東北地方最大の歓楽街となっている。(12:35)
その差が歴然としている。
「木町通り」に入ると、「元祖仙台駄菓子熊谷屋」。(元禄8年創業の老舗)(12:55)
旧奥州街道は、国分通りから青葉神社通りに変わり、通町に入ると「玄光庵」。
隣りが、荒巻村の総鎮守の「熊野神社」(13:06)
旧奥州街道は、国分通りから青葉神社通りに変わり、通町に入ると「玄光庵」。
隣りが、荒巻村の総鎮守の「熊野神社」(13:06)
やがて正面に「青葉神社」。北山丘陵上にあり、創建は明治7年。
祭神は伊達政宗である。(13:12 13:22)

祭神は伊達政宗である。(13:12 13:22)

北山丘陵には、北山五山と呼ばれる寺と青葉神社が並んでいる。
伊達家の初代から三代までは、明確な菩提寺は無く、
四代目の伊達政依が桑折に菩提寺を開基したのが始まりとのこと。
同時に政依は先祖の寺として初代夫妻の二寺、三代目夫妻の二寺の計五寺を開基。
北山五山(覚範寺、東昌寺、光明寺、満勝寺、資福寺)。
四代目の伊達政依が桑折に菩提寺を開基したのが始まりとのこと。
同時に政依は先祖の寺として初代夫妻の二寺、三代目夫妻の二寺の計五寺を開基。
北山五山(覚範寺、東昌寺、光明寺、満勝寺、資福寺)。
お隣さんが「伊達家4代目政依の菩提寺・東昌寺」
でも、石段を下って、再び上って、「東昌寺」(13:25)
でも、石段を下って、再び上って、「東昌寺」(13:25)
お隣さんの「光明寺」。(13:29)
伊達家の初代朝宗(ともむね)の夫人を祀った寺。
ここに支倉六右衛門常長の墓(伝)が建つ。

伊達家の初代朝宗(ともむね)の夫人を祀った寺。
ここに支倉六右衛門常長の墓(伝)が建つ。

参道石段を下って、本線:旧奥州街道に戻る。
再び、石段を上って、「鹿島神社」(13:36)
この神社も仙台築城とともにここに遷座された。
神社内の石碑の由来が図説されている。
この神社も仙台築城とともにここに遷座された。
神社内の石碑の由来が図説されている。
JR仙山線の踏切を渡る。(13:41)
桜が満開。
「日浄寺」(13:43)
桜が満開。
「日浄寺」(13:43)
旧街道はここで県道22号に合流。(14:08)
「青笹不動尊」(14:13)。
七北田村には、「仙台藩七北田刑場」があり、元禄3年(1690年)から幕末まで、
一般庶民層の磔刑(はりつけ)、火刑(ひあぶり)、斬罪(うちくび)等の刑罰が
執行され処刑された。囚人は仙台城下引き回しの後、この街道を刑場に引かれていった。
当時、この付近に青い笹が生い茂り、その中の泉で囚人は末期の水を呑まされたという。
その泉に置かれていた石碑を祀ったのが青笹不動尊の始まりとのこと。(説明板より)

七北田村には、「仙台藩七北田刑場」があり、元禄3年(1690年)から幕末まで、
一般庶民層の磔刑(はりつけ)、火刑(ひあぶり)、斬罪(うちくび)等の刑罰が
執行され処刑された。囚人は仙台城下引き回しの後、この街道を刑場に引かれていった。
当時、この付近に青い笹が生い茂り、その中の泉で囚人は末期の水を呑まされたという。
その泉に置かれていた石碑を祀ったのが青笹不動尊の始まりとのこと。(説明板より)

台原森林公園・仙台文学館入口(14:24)
北根三丁目の交差点の先で、県道22号と分れ、右の旧道へ。(14:32)
北根三丁目の交差点の先で、県道22号と分れ、右の旧道へ。(14:32)
旧街道は消失しているため、ここで仙台川を渡り県道22号に出る。(14:38)
こんどは、県道22号の左上に旧道が走る。(14:47)


街道左側に仙台藩の「七北田刑場跡」がある。(14:53)
元禄3年(1690年)、米ヶ袋(こめがふくろ)刑場から移され、
明治までの約180年間、百姓町人など一般庶民の囚人が処刑された。
元禄3年(1690年)、米ヶ袋(こめがふくろ)刑場から移され、
明治までの約180年間、百姓町人など一般庶民の囚人が処刑された。
県道22号を横断し、仙台市営地下鉄南北線の八乙女(やおとめ)駅の高架をくぐる。(14:59)
「七北田橋」(七北田川)(15:12)
左にJリーグのベガルタ仙台のホームスタジアムがある。

左にJリーグのベガルタ仙台のホームスタジアムがある。

この橋を渡ると、「宿場町・七北田(ななきた)宿」の中心部。
「善正寺」(15:16)
宝暦飢饉の時の供養塔があり、七北田だけで餓死者300人余を出したという。
宝暦飢饉の時の供養塔があり、七北田だけで餓死者300人余を出したという。
「二柱神社」(15:19)
当地豪族の国分氏の氏神で、市名坂、七北田、北根、野村、上谷刈、
古内、松森、鶴谷村の総鎮守。
当地豪族の国分氏の氏神で、市名坂、七北田、北根、野村、上谷刈、
古内、松森、鶴谷村の総鎮守。
「市名坂交差点」(15:24 15:47)
ここを左折すると仙台市営地下鉄南北線の泉中央駅。本線は直進。
近くのマックで一休み。
ここを左折すると仙台市営地下鉄南北線の泉中央駅。本線は直進。
近くのマックで一休み。
「七北田宿市名坂の旧家」もどんどん新築化され旧家風の建屋が少なくなる。


Y字路を左へ。(16:00)
七北田宿の出口。
七北田宿の出口。
車の殆ど通らない静かな町並みとなる。
白水沢の集落を抜けると将監(しょうげん)地区に入る。
宮城県住宅供給公社の大規模な将監団地が展開されている。
宮城県住宅供給公社の大規模な将監団地が展開されている。
やがて、国道4号に合流。(16:12)
「新田バス停」(16:24)


さらに進むと、東北自動車道・泉インターチェンジの道に阻まれ、
大きく迂回されるのかと思ったが、二つトンネルをくぐって、国道4号に合流。(16:35)
大きく迂回されるのかと思ったが、二つトンネルをくぐって、国道4号に合流。(16:35)
「バス停大沢二丁目」で、この日の「歩き」は終わり。午後16時45分。
バスで、泉中央駅。地下鉄で仙台。
駅近くのBHで宿泊。
駅近くのBHで宿泊。