2014年2月25日(火)
この日、房総往還「竹岡~岩井」(6)を歩いた。
JR内房線「竹岡駅:出発、午前7時35分。
JR内房線「竹岡駅:出発、午前7時35分。
駅前通りを海に向かって歩き、「黄金井戸」の案内で左折。
県道127号との合流地点に「黄金井戸」がある。(7:41)
ヒカリモという藻が黄金色に光を反射せている。

県道127号との合流地点に「黄金井戸」がある。(7:41)
ヒカリモという藻が黄金色に光を反射せている。

県道127号は、トンネルが続く。それだけ海が断崖に迫っているということ。
海を見ながら、トンネルをくぐりながら進む。

海を見ながら、トンネルをくぐりながら進む。

「打越トンネル」(7:51)
「洞口トンネル」(7:55)
「富貴橋バス停」(8:04)
「海辺の湯」(8:07)
「互山トンネル」(8:14)
「洞口トンネル」(7:55)
「富貴橋バス停」(8:04)
「海辺の湯」(8:07)
「互山トンネル」(8:14)
鳥戸倉地区は地元の人々の集落。
「鳥戸倉トンネル」(8:21)
「金谷マリーナ」(8:26)
「大日隧道」横の旧道を行くが、すぐに、県道127号に合流。(8:36)
「鳥戸倉トンネル」(8:21)
「金谷マリーナ」(8:26)
「大日隧道」横の旧道を行くが、すぐに、県道127号に合流。(8:36)
「浜金谷駅」案内で左折して、「浜金谷駅」へ。(8:55)
駅前から少し先で、左折し、金谷川を渡って、右折。
(左折は関東ふれあいの道で、鋸山への登山道。以前、登山済み。)
駅前から少し先で、左折し、金谷川を渡って、右折。
(左折は関東ふれあいの道で、鋸山への登山道。以前、登山済み。)
かじや旅館を過ぎ、県道175号に合流。
左手に、「金谷神社」(9:07)
左手に、「金谷神社」(9:07)
その先に「鋸山ロープウエイ」。(9:13)
(今回はロープウエイで鋸山を登り、下りながら日本寺境内の名所を見物して、本線:県道175号に合流することにした。)
(今回はロープウエイで鋸山を登り、下りながら日本寺境内の名所を見物して、本線:県道175号に合流することにした。)
山頂展望台(329m)からの眺めは、富士山は見えなかったが、
浦賀水道、三浦半島が眺められた。(9:23 9:30)

浦賀水道、三浦半島が眺められた。(9:23 9:30)

日本寺への案内に従って下ると、すぐに「日本寺・西口管理所」(9:34)
入場料600円払って、磨崖大仏、日本一の大仏を見ながら、約1時間30分かけて、境内(10万坪)を巡る。(9:34 10:55)
「日本寺」は、725年(神亀2年)に聖武天皇の勅詔により行基によって開かれた古刹。
「百尺観音」(9:44)
昭和41年、6年の月日をかけて石切り跡に刻み込まれた高さ30mの日本一の磨崖大仏。

昭和41年、6年の月日をかけて石切り跡に刻み込まれた高さ30mの日本一の磨崖大仏。

「地獄のぞき」(9:49)
「東海千五百羅漢」を巡って下る。

「東海千五百羅漢」を巡って下る。

大仏広場で日本一の石大仏様(31m)を拝見。
1700年後半、3年の月日を費やして彫刻された大仏。
自然の風化浸食により、著しい崩壊があり、昭和44年に復元。

1700年後半、3年の月日を費やして彫刻された大仏。
自然の風化浸食により、著しい崩壊があり、昭和44年に復元。

観音堂から仁王門を抜けて(10:55)、表参道を歩く。
「保田駅1.5k」の案内を見て左折し遊歩道歩く。(11:05)
のんびりと、のどかな田舎道を行く。
振り返ると、ノコギリ姿の鋸山が見える。(11:11)

のんびりと、のどかな田舎道を行く。
振り返ると、ノコギリ姿の鋸山が見える。(11:11)

「保田温泉踏切」を渡って、「元名バス停」で、本線・県道175号に合流。(11:22)
保田海岸に出てみた。(11:30)
(15の春、友達と泊まりがけで訪れた。海にもぐり、もりを使って魚を追いかけた。)

保田海岸に出てみた。(11:30)
(15の春、友達と泊まりがけで訪れた。海にもぐり、もりを使って魚を追いかけた。)

左100m先に「JR保田駅」(11:34)
「菱川師宣誕生地の碑」(11:38)
江戸初期に活動した浮世絵師の一人。浮世絵を確立した人であり、すなわち最初の浮世絵師である。

江戸初期に活動した浮世絵師の一人。浮世絵を確立した人であり、すなわち最初の浮世絵師である。

「保田橋」(保田川)(11:43)
「保田港」(11:57)

「保田港」(11:57)

「道の駅鋸南」・「菱川師宣記念美術館」(12:18 12:23)
「亀ヶ崎」が美しい。(12:26)


「勝山海岸・大六海岸→」の道路標識を見て、本線を離れ、海岸に向かう。(12:34)
「八王子神社」?のそば、海岸沿いに「源頼朝上陸地の碑」がある。(12:41 12:50)
源頼朝上陸地は、鋸南町竜島です。治承4年(1180年)8月に、伊豆で平家打倒の兵を挙げた源頼朝は、相州石橋山の合戦で敗れ、28日に同国土肥郷の真名鶴岬(現真鶴岬)から小船で脱出し安房の国房総へと逃れます。翌29日、わずかな供を連れて上陸しました。竜島の村人たちは、頼朝を歓迎して、いろいろと世話を焼いたと伝えられています。源氏にゆかりのある安房の武将・安西景益は、頼朝を護るため自分の館に招きいれます。頼朝はそこから、房総の有力豪族に使者や手紙を送り味方を募り、勢力を盛り返しました。


源頼朝上陸地は、鋸南町竜島です。治承4年(1180年)8月に、伊豆で平家打倒の兵を挙げた源頼朝は、相州石橋山の合戦で敗れ、28日に同国土肥郷の真名鶴岬(現真鶴岬)から小船で脱出し安房の国房総へと逃れます。翌29日、わずかな供を連れて上陸しました。竜島の村人たちは、頼朝を歓迎して、いろいろと世話を焼いたと伝えられています。源氏にゆかりのある安房の武将・安西景益は、頼朝を護るため自分の館に招きいれます。頼朝はそこから、房総の有力豪族に使者や手紙を送り味方を募り、勢力を盛り返しました。


「神明神社」?から本線県道157号に戻る。
「JR安房勝山駅」で一休み。(12:02 13:07)
「JR安房勝山駅」で一休み。(12:02 13:07)
「勝山橋」(佐久間川)(13:12)
右手に「大黒山展望台」(13:12)
右手に「大黒山展望台」(13:12)
「加知山神社」(13:15) 加知山→勝山?
その先にお寺がならぶ。
「勝山信号交差点」左折(13:19)
「下佐久間信号」の手前で、右折し、直進。(13:26)
安房勝山ののどかな田園風景が広がる。

その先にお寺がならぶ。
「勝山信号交差点」左折(13:19)
「下佐久間信号」の手前で、右折し、直進。(13:26)
安房勝山ののどかな田園風景が広がる。

「栗田板金」の先で、左折。(13:32)
ため池横から、山裾を歩き、市部瀬地区に向かう。
朽ちかけた「廟神應神社」(13:54)
旬を越えたのか、菜の花が耕運機で掘り起こされている。
その先、国道127号を横切って、さらにJR内房線の市部瀬踏切を渡る。(14:00)
国道127号のトンネルを越えれば簡単なのだが、峠越えをする。
ため池横から、山裾を歩き、市部瀬地区に向かう。
朽ちかけた「廟神應神社」(13:54)
旬を越えたのか、菜の花が耕運機で掘り起こされている。
その先、国道127号を横切って、さらにJR内房線の市部瀬踏切を渡る。(14:00)
国道127号のトンネルを越えれば簡単なのだが、峠越えをする。
溜池のそばに、庚申塔と小さな祠がある。(14:10)
峠を越える。(14:12)

峠を越える。(14:12)

県道89号のトンネルを抜ける。(14:15)
道は左にカーブするが、壁沿いの細い道に入る。(14:15)
道は左にカーブするが、壁沿いの細い道に入る。(14:15)
JR内房線の踏切を渡り、先ほど見えたトンネルの先で国道127号に合流。(14:20)
右手に、久枝海岸。(14:5)
右手に、久枝海岸。(14:5)
JR内房線「岩井駅」、午後14時30分、到着。
駅舎は、ガラリと変わってモダンだった。
]
駅舎は、ガラリと変わってモダンだった。
]