2013年12月8日(月)
この日、旧東海道「四日市~井田川」を歩いた。
近鉄「四日市駅」で下車。降り口から昨日の離脱地点までに時間を取られてしまう。
出発、午前6時30分。
出発、午前6時30分。
アケード街の昨日の離脱地点を間違え、1本西側のアケード街の道を歩きだした。
途中間違いに気づき、浜田町、赤掘などの町名を確認しながら南に下る。
ようやく、本線に戻る。(6:53)
途中間違いに気づき、浜田町、赤掘などの町名を確認しながら南に下る。
ようやく、本線に戻る。(6:53)
200年以上も続く、「鈴木薬局」(旧鈴木製薬所)(6:55)
「鹿化橋」(かばけ川)から見る鈴鹿の山並が朝日を受けていた。(7:02)

「鹿化橋」(かばけ川)から見る鈴鹿の山並が朝日を受けていた。(7:02)

「大宮神明社」(7:05)
「天照大御神」さんが、その名の様に、一直線に朝日を受け輝く。

「天照大御神」さんが、その名の様に、一直線に朝日を受け輝く。

「日永神社」と東海道における最古の道標(右:京 左:山田)。(7:24)
「東海道・名残りの一本松」(7:41)
右100m先に「近鉄泊駅」(7:59)
「東海道・名残りの一本松」(7:41)
右100m先に「近鉄泊駅」(7:59)
国道1号に合流し、いよいよ「日氷の追分」が見えて来た。
左に海に向かう伊勢路と、右に山にむかう東海道が分かれ、
大きな道標がたつ。(8:09)

左に海に向かう伊勢路と、右に山にむかう東海道が分かれ、
大きな道標がたつ。(8:09)

踏切を渡ると、左に「近鉄内部線:追分駅」(8:12)
「小許曽神社」(8:24)
「東海道の案内」で、道は右カーブして行く。(8:25)
「内部(うつべ)橋」(内部川)(8:40)
「杖衝坂」の下の「うつべ町かど博物館」に立ち寄る。(9:00 9:10)
「小許曽神社」(8:24)
「東海道の案内」で、道は右カーブして行く。(8:25)
「内部(うつべ)橋」(内部川)(8:40)
「杖衝坂」の下の「うつべ町かど博物館」に立ち寄る。(9:00 9:10)
振り返ると、鈴鹿の山並がはっきりと良く見えるのだ。
左から、藤原岳、龍が岳、釈迦岳、御在所、入道岳、釜が岳。

左から、藤原岳、龍が岳、釈迦岳、御在所、入道岳、釜が岳。

急な「杖衝坂」を登り切ると、「血塚社」(9:19)
国道1号に合流。道の向かい側に「采女の一里塚碑」(9:31)


コンビニで一休み。(9:35 9:40)
「采女南交差点」から、左に入って「伊勢国分寺跡」に寄る。(9:46 10:35)
「伊勢国分寺跡道の石標」を見て、右折して田圃道を行く。
モダンな「鈴鹿市考古博物館」に立ち寄る。
館内で、河曲郡衛正倉、伊勢国府政庁、伊勢国分寺など資料をみる。
3Fの展望室から鈴鹿山脈を背景にした、整備中の「伊勢国分寺跡」の全景を見る。


モダンな「鈴鹿市考古博物館」に立ち寄る。
館内で、河曲郡衛正倉、伊勢国府政庁、伊勢国分寺など資料をみる。
3Fの展望室から鈴鹿山脈を背景にした、整備中の「伊勢国分寺跡」の全景を見る。


「采女南交差点」に戻って、国道1号をゆく。
「国分町信号」で、左折し、旧道をゆく。(10:43)
国道1号を横断し、横路から国道1号の脇の「北町の延命地蔵堂」に着く。
(道案内板あり)
ここが、「石薬師宿」の始まり。(11:01 11:08)
「国分町信号」で、左折し、旧道をゆく。(10:43)
国道1号を横断し、横路から国道1号の脇の「北町の延命地蔵堂」に着く。
(道案内板あり)
ここが、「石薬師宿」の始まり。(11:01 11:08)
「信綱かるた道」と名付けられた「石薬師宿の旧道」をゆく。


「小沢本陣跡」(11:23)
「天野記念館」(11:25)
タイムレコーダ「アマノ」の創業者天野修一翁の記念館。
「天野記念館」(11:25)
タイムレコーダ「アマノ」の創業者天野修一翁の記念館。
「佐々木信綱記念館」(11:29)
歌人、歌学者の「佐々木信綱」の生誕の地に建てられた記念館。(11:28)
歌人、歌学者の「佐々木信綱」の生誕の地に建てられた記念館。(11:28)
「石薬師宿」は、人家約180件、内旅籠約30件、百姓約130件の農村的な宿場町。
また、信綱作詞の「夏は来ぬ」に因んで「卯の花里づくり」に取り組んでいる。
(案内板より)
また、信綱作詞の「夏は来ぬ」に因んで「卯の花里づくり」に取り組んでいる。
(案内板より)
「瑠璃光橋」を渡ると、右に「石薬師寺」(11:42)


「蒲冠者範頼之社」
「蒲川橋」(蒲川)を渡ると、「石薬師の一里塚址碑」(11:52)

「蒲川橋」(蒲川)を渡ると、「石薬師の一里塚址碑」(11:52)

案内板に従って左にカーブし、JR関西線ガードをくぐる。
線路沿いから、「上野町信号」で国道1号に合流する。(12:05)
線路沿いから、「上野町信号」で国道1号に合流する。(12:05)
国道1号を歩き、「加佐登交差点」で、右折し旧道をゆく。(12:20)
JR関西線「加佐登駅」(12:28 12:40)
踏切を渡り、「庄野町西交差点」(12:59)
ここから「庄野宿」が始まる感じだ。

踏切を渡り、「庄野町西交差点」(12:59)
ここから「庄野宿」が始まる感じだ。

「庄野宿資料館」は、旧小林家住宅。(13:05)
「問屋場跡」(13:07)
「庄野宿本陣跡」(13:08)
「郷会所跡」(13:09)
「川俣神社」(13:12)
「問屋場跡」(13:07)
「庄野宿本陣跡」(13:08)
「郷会所跡」(13:09)
「川俣神社」(13:12)
「ガード」をくぐる。(13:20)
「山の神」(13:29)
亀山藩と神戸藩の境・「東神戸領石標」(13:29)
「女人堤防碑」(13:30)
「山の神」(13:29)
亀山藩と神戸藩の境・「東神戸領石標」(13:29)
「女人堤防碑」(13:30)
「川俣神社」で休憩(13:38 14:00)
川俣神社の鳥居脇に「中富田の一里塚碑」

川俣神社の鳥居脇に「中富田の一里塚碑」

「和泉橋」(安楽川)(14:06)
JR関西線「井田川駅」到着、午後14時35分。
駅前に「ヤマトタケル」の像がたつ。
ここから、北、約2k先に「能褒野の王塚古墳」があり、
「ヤマトタケルの墓」といわれる。

ここから、北、約2k先に「能褒野の王塚古墳」があり、
「ヤマトタケルの墓」といわれる。

JR関西線「井田川駅」から「亀山駅」に向かい連泊のBHへ。
夕方近く、空身で「伊勢亀山城」を見物に行く。
「池之側橋」から「伊勢亀山城:多聞櫓」を眺める。


坂を上がって行くと、「石井兄弟:亀山敵討遺跡跡碑」
石井兄弟がここ亀山城石坂で父の敵討を取り、旧主の青山忠重に帰参が許される。
元禄の曽我兄弟と言われたとか。
石井兄弟がここ亀山城石坂で父の敵討を取り、旧主の青山忠重に帰参が許される。
元禄の曽我兄弟と言われたとか。
亀山城:多門櫓に登って見たが、 展望はなかった。
亀山城は天正18年(1590)岡本宗憲によって築城。 当初は天守もあったが、堀尾忠晴が丹波亀山城の天守と間違えて取り壊したとの 伝承がある。 多門櫓は、天守台と言われる本丸高石垣上にあり、寛永9年(1632)頃に築造されたとみられます。三重県で唯一現存する城郭建造物として県史跡に指定されている。
平成24年度に「平成の大修理」が完了し、創建当時の姿に復原された。
亀山城は天正18年(1590)岡本宗憲によって築城。 当初は天守もあったが、堀尾忠晴が丹波亀山城の天守と間違えて取り壊したとの 伝承がある。 多門櫓は、天守台と言われる本丸高石垣上にあり、寛永9年(1632)頃に築造されたとみられます。三重県で唯一現存する城郭建造物として県史跡に指定されている。
平成24年度に「平成の大修理」が完了し、創建当時の姿に復原された。
城址にある「亀山神社」などを見て、約1時間ほどの散策だった。