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ももクロ体験談

ももいろクローバーZ、そのメンバー百田夏菜子ちゃんの応援ブログです。本当はほとんど落書き帳です。Twitterアカウント:nobusen2

5.百田さんの涙と、ももいろクローバーZが成した一大事


最高のライブ空間というものは最速の時間軸でライブのエンディングへと私達を運んでしまいます。
念願の振付き『行く春来る春』に涙してからあっという間に本編とアンコールを終えてしまいました。

アンコール一曲目の『仮想ディストピア』に血沸き肉踊らせ、大箱を締めくくるバラード曲として大成した『希望の向こうへ』は暖かい涙を誘います。

最後の『あの空へ向かって』を歌い終えてしまうと遂にエンディングです。バンドメンバーが捌けてしまった後はももクロの五人だけがステージに残ります。
そこで一人一人が挨拶をしてくれるのですが、この日、最後にスピーチをする百田さんが、言葉を詰まらせました。
その目は潤んでいて、最初は茶化していたメンバーも、百田さんの様子に、次第に彼女の次の言葉を黙って待つようになります。

それは「国立競技場で言ったこと(笑顔の天下を目指すこと)の、重さや大変さ、やりがいをすごく感じています」
と語ってくれた直後の事でした。
言葉を詰まらせながら
「幸せだなぁと…」「嬉しいですね」
と続けます。
そのまま自分達の歩みが、「大人の作った壁を乗り越える」から「それを見て笑顔になってくれる人々にもっと笑顔を届けたい」に変わっていった過程を改めて語ってくれました。
百田さんの目に溜まる突然の"本気"に、私も彼女と同じように言葉を失いました。
いつからか曖昧な概念化しかけていた聖火台での宣言を、この人はきっと片時も本気で実行し続けてきたのだと、そう感じました。
今回の春の一大事のサブタイトルは『笑顔のチカラ 繋げるオモイ』です。百田さんは人にエガオを与えるだけでなく、そのオモイを自分の中で繋げ続けてきたのだと気付いた私は震えました。


私達に、百田さんの涙の理由はわかりません。
もしかしたら百田さん本人もわからないのかもしれません。

先に書いた通り、百田さんは三年前にグループ最大の夢であった国立競技場LIVEの終演時に「笑顔の天下を獲りにきた」と語ってくれました。
以前もブログで書いたことがありますが、あの日国立競技場のスタンド席にいた私はその言葉に「この人は自分達が追いかけ続けた夢を叶えたその日のうちにもう次を、前を向いているのか…」と驚愕した記憶が今でも残っています。そんな百田さんが、常に先頭に立ってグループやファンを、前へ先へと導いてきた百田さんが、三年前の国立からの歩みをふと振り返って何か一つの達成を感じてくれたのであれば、私はただその涙を心から肯定し、百田さんが振り返った足跡一つ一つを労いたいのです。

百田さん、あなたの涙の訳は知らないままでいいけれど、あなたが嬉し泣きをしても何ら不自然ではない到達地点に、この三年間でももいろクローバーZが辿り着いているのだ、あなたはあなた達の成した事をもっと誇っていいのだ。
と、私は声を枯らして叫びたかった。
私はこの記事の最後に、この春の一大事が富士見市にとってだけでなく、ももいろクローバーZにとっていかに一大事だったのかを、書きたいと思います。


三年前に百田さんが国立競技場の聖火台の前で宣言した大きな目標「笑顔の天下取り」。それは具体的に達成の定義を定めることが難しく、百田さんも話していた通り終わりのない、ゴールのない道です。

(正直私はこの「笑顔の天下」という言葉を百田さんやももクロのメンバーの口から語られるものと同じ意味で語れないほど薄汚れた人間であるという自覚があるので、同単語を恥ずかしさと申し訳なさで顔を俯かせながら書いています。)

しかしその道は、決して、あてもなく果てしないものではなく、彼女達がアイドルとして成し遂げた物事によって、ゴールではなくても一つの到達点を見ることができる。と私は思っています。
例えば、世界の平和の祭典で彼女達が「日本で最も人々を笑顔にするアイドルという職業の代表」として歌う日が来たり、ノーベル平和賞に彼女達のアイドル活動が認められたり、彼女達の笑顔を見たい人々が幕張メッセの駐車場に20万もの人が詰め寄せたりしたらどうでしょうか。
例え話ですが、百田さん、そしてももいろクローバーZの五人がその精神を持ち活動し続けた結果、与えられたり、名付けられる何かを「笑顔の天下」の少なくとも一つの形として完成させてあげてしまうことは決して無粋ではないのではないでしょうか。

今回、会場である富士見市自治体は地元小中高校の運動場の貸し出しや整備、交通整理など、驚くべき熱量で、今回の春の一大事in富士見市を成功させる為に動いてくれました。

また会場の最寄り駅の一つであるふじみ野駅東口は期間限定で「ももいろクローバーZ駅」にその名前を変えました。参戦するファンは富士見の町に着いた時点で、ももクロのLIVEに来たことを実感できます。

合唱ブロックでは、練習をしてきてくれた地元の小学生がももクロの合唱曲『青春賦』を歌いました。彼らの少年少女時代の思い出に、ももクロと一緒に数万のペンライトの光を前にして歌った記憶が間違いなく刻まれたでしょう。

会場内のビジョンは、おそらく"あえて"会場の外からも見ることのできる仕様に設置されていました。近隣に住む方々の多くがライブの様子を外からビジョンで観てくれていたという投稿もSNSで確認されています。私もそれを知って目頭を熱くしました。

ライブを行えば集まったファンだけではなくその土地丸ごとを揺らす一大事を巻き起こす。私には、そのようにして成功を収めたこのライブが実に「国民的」で、百田さんそしてももいろクローバーZが目指す「笑顔の天下」の小さなモデルに思えて仕方ありませんでした。こんな仕業、天下を取る国民的アイドルにしかできないでしょう。

ただ場所を貸しただけではない、ただ歌って踊っただけではない強い繋がりを以ってして、ももクロ春の一大事は富士見市に小さな笑顔の天下を成したのです。

百田さんが本当に目指している「天下」はまだまだ先にあるでしょう。だからこそ百田さんが二日目のエンディングで話した通り、来年以降も春の一大事はももクロが全国に足を運んで行われます。そしてその都度、彼女達はその土地に小さな笑顔の天下を成していくでしょう。今後の春の一大事はそのような意味を持つももクロの活動の最も重要な一つになっていくのだと思います。今年の『春の一大事in富士見市』はその歩みの大いなる一歩目だったのだと思うのです。


三年前を振り返って涙を溜める百田さんの挨拶に私は、この日歌われた『行く春来る春』の最初の一節を思い出します。

「あの日君と歩き出した道はここに続く
あの頃まだ見えなかった地平に立ってる」

三年前に百田さんが国立競技場で口にした時点では、座標を持たず、形も見えず、途方もない地平線の先にあるかどうかもわからない「ありえないところ」だった「笑顔の天下」が今回、一つの町と力を合わせて作り上げた三年ぶりの春の一大事によって遂に一つの形を見せたのです。

百田さん、あなたは私達がいくらあなたの活動を褒め称えても決して満足しないでしょう。
けれどあのステージであの時あなたが何かいつもと違う達成感や充実感に満たされたのであれば、それは何らおかしなことではないのだと、私は長々と綴ったおかしなブログでその涙を讃えたい。
そしてあなたが本当の「笑顔の天下」を獲ったと言えるその時まで、私達も微力なファンとしてついて行きたい。

ももクロのファンになって何百度目かの忠誠を百田さんに誓ってしまったところで、私の春の一大事初日は終わります。
声はガラガラ、靴は泥だらけ、寝不足、短足、低身長と、満身創痍の体のまま池袋のホテルに帰ったはずの私が翌2日目のライブに最高のテンションで現れたのは口にするまでもありません。