83歳誕生日 9/26 の思い
80歳を超えてから お元気ですねという言葉をたくさんいただく。そのたびに、年齢を自覚させられている。まだ 勤めているというと、えっまだ働いているのですか?と言われることも多い。実感としての言葉と思うが、聞く当方は、年よりだのに、大丈夫かね、お金に執着して、いつまでやるの? 心の内を推し量って聞いてしまう。患者が不安を感じているだろうかと心配になる。同窓会を毎年している。全く医師免許を放棄した者はまだ少数派である。
下医で始まって、病気と向き合い。自分はもしかして手術の名人である何でもできるとうぬぼれていた。中医になっても、こんなに患者の身になって尽くして、こんなにしんどい仕事をなぜ選んだのだろうと思ったこともしばしば。土下座を要求されたこともある。立場が変わり、上医になったのであろうか。病院経営、医療制度、医療安全、卒後教育をかじってみた。何も残したものがないような気がしている。
自分の人生何だったのだろうか?最近よく考える。人生は出会いと選択の歴史である。人生の扉は他人が開くと言われる。大好きな言葉である。それでも、アカデミアを選ばず現場の医師を選んだ自身の選択が今の自分を作っている。院長後半は手術から離れ、術後の外来から生活習慣病の外来へ、かかりつけ医の役割を果たしてきた。死に水を取って下さいね言われた患者さんにはその責を果たせず。今は時々の人生相談、疾患の問い合わせ、紹介に明け暮れる。
唯一自分が組織を作った人間ドックの内視鏡医として40年を超えてその役を果たしている。幸いなことに機器の進歩で内視鏡については高齢による不利は感じない。こんな大きな拡大画面だとかえって見にくいと言っていた当初の苦情が恥ずかしい。
この夏に孫が来て腹立ちまぎれに壁に穴をあけた。その穴の修復をしたところで、好きなDIY魂に火が付いた。しかし指を切らないかと年寄りの冷や水になることを先に心配してしまう。車の運転も免許書き換え時のインストラクターに太鼓判を押してもらったが最近は王道しか通らない、高速は専ら左車線である。
どちらかと言えば責任感と義務感で続けてきた仕事、自分が勝手に思い込んでいるような気がしてきている。