終わりから始まるものもある | NobunagAのブログ

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家庭菜園、ゲーム、アイドルなど趣味の話題や、子育て、介護関係のことをつらつらと書いています。



嵐ファンの皆さん
本当に自分たちが悲しいにも
関わらず俺にもいいねや
たくさんのリプをくださって
なかなかお返ししきれずに
本当に申し訳ないです。


一部のマスコミがわざわざ

「解散」

なんて言葉を使いたがりますが

「活動を終了します」

と本人たちは言ってるんだよね。

「解散」

ってなんだろうね。

そもそも前の記事に書いたように
彼らは嵐である前に友達、
一生の親友なんだよ。


「嵐としての活動を終了する」

彼らの友情が壊れるわけでも
なんでもない。

アーティストとしての嵐は
「事実上」という点では
「解散」のニュアンスに近くても
やはり正確には解散ではないんだ。

だって友達は解散なんかしないだろ?

あくまでも活動を終了する、
ただそれだけですよ。


何かが始まるってことは
どこかで終わりもくる。


だけど終わることって、
失うだけなのかな?


俺は母が亡くなったときに
みっともないかもしれないが
本当に悲しかった。

実は今日も人の命を救っているんだけど…

俺は自分の母親のことは
救えなかったんだよ…


仕事では何人も助けているのに、
自分の母の命を救えない無力感…


あんなに近くにいたのに
病気に気づいてあげることすら
遅れてしまった。


何度、やり直したいと
思っただろうか。


他人は救えても
自分の大切な人は救えない、
そんな自分をどれほど
責めただろう。


だけど母を失ったことで
俺は失うものばかりだったのか?


本当に偶然なんだけど
松本潤さんがどうする家康で
家康役をやってくれることを
聞いた時に、
母が松潤さんが好きで
うちの愛犬の名前がジュンだった、
ってエピソードを軽く書いた。

そしたらそこから、
松潤さんのファン、
そして嵐のファン…

さらにはジャニーズのファン…

たくさんの方との輪が広がっていった。

本当に不思議なくらいに
大きく、大きく、
その輪が広がって、
俺の世界を開いていってくれた。

そして、今の自分がいる。


仕事はいまだにきついけど、
ジャニーズを応援している
多くのファンたちのまっすぐな姿に
どれだけの勇気をもらっているか…


誰かを好きになれること、
そのことに胸を張れることが
どれほど大切なことか。


俺は母を失うことによって、
代わりに新しいものを
得ることもできたんだよね。


本当に、本当に皆さんに
心から感謝しています。


いつか誰かを守る時がくれば
あなたの手を思い出すだろう


俺が、ジャニーズファンの方の
力にどれほどなれていたか
わからないけれど、
考えてみれば母のおかげで
そして母と同じく
もう死んでしまった
ジュンちゃんのおかげで
皆さんと交流が生まれて、
今の俺はある。

何かが終わることによって
何かが始まったってことなんだよ。


嵐の「活動が終了」したとしても、
それは新しい何かの始まりになる。


メンバーたちは今度は本当に、
仕事としての関係がない
ごく普通の友達同士として
語り合う日々がくるのだろうし、
嵐のファンたちはこれからは
嵐のことを語り継ぐ、
語り部のような存在になる。


俺はこの素晴らしいグループと、
素晴らしいファンの功績とが
永遠に語り継がれてほしいんです。

子供たちにも…。



以前、うちの下の子が
二宮和也さんがテレビで
語っているのを真剣に
聴いているところを見た。

あのときはSnow Manと
嵐の今後などについて
話していた番組かな…

駅前をライブ会場にすると
すごく動員できるんだよね、
みたいな話だったのかな?

そういう発想を子供は
目を輝かせて聴いていたんだよね。

うちの子供は嵐のファンでは
ないのに自然に彼の言葉に
惹き込まれていた。

彼らの言葉には力がある。


僕たちは抱き合ってた
腕を離してもっと強くなる


これは乃木坂の曲の歌詞だけど


もう一度抱き締めて
本当の気持ち問いかけた

失いたくない

守りたかった
愛に代わるもの


この矛盾こそが人間で
いいのだと俺は思う。

腕を離してサヨナラすることが
人を強くする。

だけれども本当は…

本当の心の奥底では
誰だって大好きな人を
失いたくないんだ。


みんなも失わなくていいんだよ、
好きでいていいんだ。

嵐のことがずっと好き、
そういう気持ちを抱えて
腕を離すことが寂しい、
そういうふうに感じる自分を
否定したりはせずに…


苦しくて辛いときは
俺にDMくれたっていい。


あのジャニーズ騒動のときにも
数え切れないくらいのファンと
やりとりをした。

俺は純粋なファンではないから
詳しい事情はわからないけど
少なくともファンの味方です。


終わりから始まるものもある。


でもいまはこの1年間はとくに、
終わることよりもこれからを
まず応援すること。


泣くには早いからね。


泣くのは1年後だ。

盛大に涙が枯れるほど
泣いてください。

それが人間ってやつだよ。


俺も母が亡くなったとき以来、
まったく泣いていないし、
そもそも母が亡くなる前にも
ほぼ泣かない人間だったが…

でも…来年は泣いてしまうかも。


だって、それほどに皆さんの
嵐への愛が美しくて深くて、
ものすごく愛おしい感情なんだもの。


メンバーは泣くよな、
他人の俺がこうなんだもの…。


こんな好きな人に
出逢う季節二度と無い


そんな人生を歩めて、
ファンの人達は本当によかったね。

こんなに優しいファンを
たくさん生み出してくれた嵐は
間違いなく俺を救っているし
その嵐のファンも俺を救っている。


たとえ活動終了したって、
それは終わりではないよ。

新しい始まりだ。


悲しみを越えていく先に
新しい物語はある。