光る君へ第10回あらすじ&感想前編 | NobunagAのブログ

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光る君へ

第10話「月夜の陰謀」前編




寛和二(986)年

六月。


「決行は6月23日」


「すぐではないか!

支度が間に合わぬ」


安倍晴明の提案に兼家は

焦りを見せた。


「23日は歳星が二十八宿の

氐宿を犯す日」


策謀を得意としている

晴明といえど本来の役割は

陰陽師である。


当然ながら吉凶を予測し

それを重視するのも

重要な仕事だ。


「12年に一度の犯か」


「この日は全ての者にとって

よき日にございますが

丑の刻から寅の刻までが

右大臣様にとって

最も運気隆成の時」


「その日を逃せばもはや

事はならぬのか」


「さようにございまする。

この日を逃せばはかりごとは

成し遂げられず

右大臣様には災いが

振りかかりましょう。

そして帝はこの後もずっと

御位にとどまることと

なりましょう」


そう言われてしまえば、

否とは言えない。


「分かった。

23日、丑の刻だな」



兼家はその夜、

一同を集め帝を内裏から連れ出し

出家させるたくらみの

全貌を明かした。


「道兼、23日は丑の刻までに

帝を内裏から連れ出す。

清涼殿より玄輝門を抜け

内裏の朔平門に向かえ」


兼家は図を指し示す。


「はっ」


「万が一、人目についた

時のために帝には

女の袿を羽織っていただけ。

そなたが手なづけた女官に

支度させよ」


「承知いたしました」


「道隆、朔平門の外に

牛車を用意しておけ。

女車だ」


「はっ」


「丑の刻までに朔平門を出よ。

時申の時を告げる声を合図に

内裏の全ての門を閉じる。

道兼は帝と共に土御門大路を

東に向かい、

元慶寺を目指せ」


「はっ」


「時を同じくして

剣璽を典侍が夜御殿から

運び出すゆえ

道隆と道綱で梅壺の東宮の

もとに運べ」


「ははっ」


「はっ」


藤原家の命運を賭けた

大規模な行動なだけに

兼家は寧子との行動である

道綱も動員している。


以前から道綱もあなたの子、

と念を押されていただけに

これは良い機会でもあったろう。


道綱はいささか

緊張した面持ちである。


「道綱、命懸けで務めを果たせよ」


父の期待に道綱も


「ははっ!」


と気を引き締めた。


異母兄弟らの足を引っ張れば

母の名にも傷がつく。


「万が一、剣璽を移しまいらせるのを

見た者があれば、

お前が後で始末せよ」


「え…あっ、え?」


道綱は戸惑う。


この時代、人殺しだけは

禁忌とされていたからだ。


道兼はかつてその禁を

犯してしまっているが

道綱はもちろん知らない。


返事に困っている道綱を無視し

兼家は


「道長」


と声をかける。


「はっ」


「梅壺に剣璽が運び込まれるのを

見届けたなら関白の屋敷に

帝ご譲位の旨を伝えに走れ」


「はっ」


「我らに許された時は

丑の刻から寅の刻までだ。

何があろうとも寅の刻までに

帝に御髪を下ろして

いただかねばならぬ。

頼んだぞ、道兼」


実際の成否は道兼にこそ

かかっている。


父の期待に道兼は


「必ず成し遂げます」


力強く答えた。


「このことが頓挫すれば

我が一族は滅びる。

兄弟力を合わせて必ず成し遂げよ」


4人の息子たちは頭を下げた。



僅か2時間で帝を出家させ

神器である剣璽を手に入れる。


途方もない陰謀であった。



「忯子の霊を鎮めるために

出家しようと思う」


安倍晴明から入れ知恵された

花山天皇は側近の義懐に

そう告げた。


「よくお考えくださいませ。

お上は即位されて僅か2年。

僅か2年でございますよ!

全てはこれからでは

ございませぬか!」


義懐は当然ながら猛反対する。


「それはそうじゃが…

まず何より忯子を救って

やらねばならぬ。

それも朕の務めなのだ」


「お心を改めくださいませ!

女御様も大勢おいでですし

新しい女子もいくらでも

ご用意いたします。

皇子をもうけられませ。

そうすれば気持ちも明るくなられ

政へ向かうご気力も

湧き出ましょう」


冷たいようだが、

義懐の言うことは間違って

いるわけではない…


病を治すことが難しい

この時代…


失われた命に囚われていては

生きる気力を失ってしまうのだ。


が、帝の忯子への愛は

義懐が思う以上に深い…


「やめてくれ!

お前がそのようなことを言うと

また忯子の霊が嘆くではないか!

大体お前は女子、女子と

そればかり。

朕は義懐とは違うのじゃ。

下がれ!」


女好きで知られた帝にしては

あまりの言い方だが…


義懐と惟成は退室していった。


帝はため息をつくと座る。


「あ〜あ…あいつらにも

嫌われてしまった」


昔から周りの者達から

理解されづらかった帝は

悲しそうにつぶやく。


そこへつけ込むように、

道兼は


「恐れながらお上がご出家

なさいますなら

私もご一緒いたします」


と進言する。


「お前だけだな、

朕の気持ちがわかるのは」


あれだけ道兼を嫌っていた

帝であったが道兼が

兼家から軽んじられ、

虐待されていると

思いこんでからは

道兼との仲が深まっている。


奔放でありながらも、

亡き妻への思いといい

帝の本質は優しい人

なのであろう…


「どこまでもお供いたしまする」


「まことか…」


「お上…」


帝は道兼に訴えかけるように問う。


「忯子は喜んでくれるかのう」


「それはもう。

お上がご出家なされば

安心して浄土へと

旅立たれましょう」


帝は頷く。


ここぞ、とばかりに

道兼は兼家が言っていたことを

提案する。


「忯子様のことを考えますと

23日がよろしいかと」


「23日…すぐではないか」


さすがに帝の表情が曇る。


本来、退位するとなれば

相応の準備が必要なのだ。


「23日は歳星が二十八宿の

氐宿を犯す日、

お上にとっても忯子様に

とっても最良の日にございます」


それ自体は嘘、

というわけでもなく

晴明は23日は誰にとっても、

最良、とは言っていた。


「23日か…忯子のためにも

早い方がよいわな」


「はい。お供いたしまする」


道兼は微笑み、

頭を下げた。


帝の心も固まった。



道長は庭の月を眺めている。


「よい月じゃのう…」


と父の兼家がやってきた。


「関白に知らせに

走るだけでは物足りぬか?」


恐ろしい父なのだが、

いつも道長には優しい…


「そのようなことは

ございません」


兼家には深い考えがあった。


事が露見すれば一族の破滅、

と言いながらも、

兼家なりにその時のことは

考えていたのだ。


「事をしくじった折には

お前は何も知らなかったことにして

家を守れ」


「は?私も内裏へ行くのですよね、

その夜は」


道長は不思議そうに問う。


「父に呼ばれたが一切存ぜぬ、

我が身とは関わりなきことと

言い張れ。

しくじった折は父のはかりごとを

関白に知らせに走るのだ。

さすればお前だけは

生き残れる」


月を眺めながら兼家は

満足そうに言う。


「そういう意味じゃ」


兼家は道長を見て微笑む。


つまり兼家は道長を

一切、汚れ役にはさせない、

ということなのだ…


今回は道隆も、道兼も…


異母兄の道綱も直接、

陰謀に加担する。


が、道長は違うのだ。


事が起きたことだけを

関白に伝える。


帝が退位に至ったならそれを、

それが失敗したならば

父がとんでもないことをした、と

関白に伝える。


そうすればどちらであっても

道長が咎められることはない。


立ち去ろうとする兼家に


「あの…」


と道長は声をかける。


「何だ?」


「そのお役目は道隆兄上なのでは…」


当然の問いかけでもあったろう。


清廉潔白な道隆は、

人望もあるし何よりも

長兄なのだ…


「このはかりごとがなれば

手柄は道隆のものとなる。

道隆はそちら側だ」


兼家は非常によく考えている。


道隆はこれが成功すれば

良い立場を得るだろう。


ならばそのためには、

危険を背負え、ということだ。


道長は帝の退位が成っても、

とくに得るものはない。


そんな道長に危険などは

背負わせない、

それが兼家の思いだった。


昔から


「同じ三男である」


と語って聞かせていた

兼家なりの深い愛情が

そこにはあった。


悪人、とは言い切れない

恐ろしくて…そして

偉大な父の背中を見送る道長…


だが…その胸中には、

このようなはかりごととは

無縁な中で死んでしまった、

名もなき民である、

直秀のことも去来していた。


あのときはまひろに

抱きつき泣いてしまった道長。


まひろはどうしているだろうか、と

道長は再び月を見上げた。




まひろはその頃、

母の琵琶を弾いていた。



そんなまひろの琵琶を、

どこか寂しそうに

惟規の乳母であった

いとが部屋で聴いている。


まひろは部屋に戻ると


「父上は今日もお戻りではないのね」


と話しかける。


「もう、高倉の女のもとから

帰らぬおつもりかもしれません」


それがいとの寂しさの理由だ。


妾を持つ、くらいは

当時の男なら当たり前では

あるのだが、

やはり残された女たちは

寂しいものだ。


「今宵の姫様の琵琶の音が

ひときわ悲しく聞こえて…つい…」


いとは涙ぐむ。


「何か悲しいことが

おありになったのですか?」


「生きてることは

悲しいことばかりよ」


まひろも直秀のことがあり、

いつものような元気はない。


「殿様がお戻りになられず

若様もどこぞの姫に婿入りされたら

私は用なしとなり生きる場所も失います」


いとは弱気だ。


「そうなったら姫様、

この家に私をずっと

置いてくださいましね」


「もちろんよ。

でも惟規が婿入りする時

いとも一緒についていったら

いいんじゃない?」


いとは驚いて顔を上げる。


「まことでございますか!?

生涯、若様と一緒にいられますなら

殿様は諦めます。

高倉にくれてやります」


父、為時に気のあるそぶりを

時折見せていたいとだが、

本気で好きだったのだろう。


「くれてやらなくても…

父上はいとのことも

大切に思っているわよ」


とまひろは励ました。


「高倉の人どんな人なんだろう。

そんなに父上の心を

とらえる人って…」


まひろはそちらに興味が

わいてもいる。


母を亡くしてからもう、

何年も経っているのだし

今更、父が他の女のところに

通うことを咎める気もない。



翌日、まひろは乙丸を連れて


「高倉の女」


の家を探していた。


「貧しい家ばかりで

ございますね」


「うん…」


父の妾なのだから、

それなりの家の女子かと

思っていたのだが、

どうやらそうではなさそうだ。


あばら家が並ぶ中を

2人は歩く…


と、まひろは見覚えのある

人影のある家を見かけた。


中を覗いてみると…


そこにいたのは、

病身の女性に食べ物を

食べさせてやっている

為時だった。


女が咳き込みこぼして

しまうと為時は背を

さすってやっている。


恋人同士の逢瀬、

などという、甘いものではない。


父は看病のために、

家に帰れずにいたのだ。


外に目を向けた為時は

まひろと目が合ってしまう。


「はっ…」


と乙丸は声を抑えた。



為時は正直にまひろに詫びた。


「長く家を空けてすまない。

身寄りもなく一人で食事も

とれぬゆえ見捨てられぬ。

間もなく命も尽きるであろう…

一人で死なせるのは忍びない。

見送ってやりたいのだ」


優しい為時らしい、

そして責任感のある

行動といえた。


「言ってくだされば

よかったのに」


まひろとて子どものころとは違う。


まさか父がそんな思いで、

女のところに通っていたとは。


まさに、為時らしい振る舞いに

まひろは心を打たれていた。


「すまない」


と為時はまひろに詫びた。


迷惑をかけたくなかったのだろう。


だがまひろは言う。


「そうではありません。

父上が内裏に上がっておられる間、

私が看病してもいいと思ったのです」


昼間は内裏の仕事、

夜や休みの日には看病では

為時が倒れてしまう…


「父上のお姿を見て

胸が熱くなりました。

父上はご立派でございます」


父は決して淫らな気持ちで

妾のところへ通い詰めていたのではない。


妾を持った責任として、

相手が倒れたら世話をする…


嫡妻の子供たちには

迷惑にならないように。


一人の男として、

立派な父親の姿がそこには

あったのだ。


「まひろに褒められるとな…」


恥ずかしそうに為時は

苦笑した。


他の女のところに通う、

そのことで幼かった頃の

まひろには寂しい思いを

させていたはずなのだから。


「気持ちはうれしいが

それはできぬ。

わしの娘に世話になるのは

気詰まりであろう」


為時はそこまで考えていた。


嫡妻の娘、その女性に

看病をしてもらうというのは

妾であった高倉の姫からすれば

心苦しいものがあるはずだ。


「ならば時々、乙丸に

父上のお着替えを届けさせます。

その時、私にできることがあれば

おっしゃってください」


「ああ。

では、戻るゆえ」


頼れる娘を持った、と

為時も誇らしく胸を張った。


「はい、お大事に」


戻っていく父の姿を

まひろは見つめていた。


父親、とは違う一人の男としての

姿がそこにはあった。



まひろたちが帰る頃、

道長の従者である百舌彦が

まひろの屋敷の中を

覗き込むようにしていた。


「藤原道長様の従者、

百舌彦でございます。

こちらを」


百舌彦は道長からの

文を渡す。


まひろは受け取ると

急いで部屋へ戻る。


「いかがでございました?」


と、いとが声をかけるが


「今…」


とだけ答えてまひろは

部屋に駆け戻ってしまった。



急いで文を開く…


「古今和歌集、何で…」



「そなたを恋しいと思う気持ちを

隠そうとしたが

俺にはできない」



歌に託した道長からの

恋文である。



まひろは無念の死を遂げた

直秀のことを思い出していた。


あの人の心はまだそこに…


あの瞬間から道長の

歩みは止まってしまって

いるのかもしれない。



まひろは筆を取った。



道長はまひろからの

返事を見る。


歌、ではなく漢詩である。


「陶淵明の詩か…」



「これまで心を体のしもべと

していたのだから

どうして一人くよくよ

嘆き悲しむことがあろうか」



道長は再び歌を返した。



「そなたが恋しくて

死にそうな俺の命。

そなたが少しでも

会おうと言ってくれたら

生き返るかもしれない」



「ん?」


まひろの返事はまた漢詩である…


「過ぎ去ったことは

悔やんでもしかたがないけれど

これから先のことは

いかようにもなる」


道長は考えた。




「命とははかない露のようなものだ。

そなたに会うことができるなら

命なんて少しも惜しくはない」



「道に迷っていたとしても

それほど遠くまでは来てはいない。

今が正しくて昨日までの自分が

間違っていたと気付いたのだから」



何かが、噛み合っていない…


道長は文に詳しい友、

行成の力を借りることにした。


「女子に歌を送ったら

漢詩が返ってきた」


「ああ、それは随分と

珍しきことでございますね」


「そうだよな」


道長は身を乗り出す。


「ええ。

どういう歌をお送りになり

どういう漢詩が戻ってきたのですか?」


「それは…言えぬ」


さすがに恥ずかしいのか

道長は言い淀む。


「それが分からないと…」


行成は笑った。


「でも、道長様には

好きな女子がおいでなのですね」


「それも…言えぬ」


道長は頑なである…


「そもそも和歌は人の心を

見るもの聞くものに託して

言葉で表しています。

翻って漢詩は志を言葉に

表しております。

つまり漢詩を送るということは

送り手は何らかの志を

詩に託しているのでは

ないでしょうか」


「ふ〜ん…」


学問が得意なわけではない

道長は感心するように

声をあげた。


「的外れなことを申しました

でしょうか?」


「いや」


道長は考えこむと、

行成の肩に手を置いた。


「さすが行成だ。

少し分かった」


行成はそんな道長の様子に

嬉しそうな顔をした。


「お役に立てたなら

うれしゅうございます」



道長が詮子のもとを訪れると、

知らない姫が歩いている。


美しい姫だ。


一瞬、道長と目が合った。



「先ほどここからお帰りになる

姫を見ました。

姉上のお客人でございますか?」


「亡き源高明殿の姫、

明子女王様よ」


「え?」


「言ったでしょ。

万が一、父上が失脚されても

懐仁が困らぬように

もう一つの後ろ盾を

作っておきたいの」


詮子は諦めていなかった。


「それが源の方々…

なのでございますか」


「そう。

左大臣源雅信殿は

宇多の帝の御孫、

亡き源高明殿は醍醐の帝の皇子。

2つの源氏をつかんでおけば

安心でしょ」


「それで明子女王様と…」


左大臣家だけではなく、

さらにもう一手加えているのは

さすが兼家の娘だけあった。


「道長が左大臣、

源雅信殿の一の姫

倫子様と、

源高明殿の一の姫、

明子様の両方を妻にすれば

言うことないわ」


詮子は倫子と明子、

2人を道長の妻に…と

考えているのだ。


「なんということを!」


さすがに道長は抗議するも

詮子は動じない。


「考えておきなさい。

ところで道長の用事は何なの?」


「え…あの、妻については…」


「そのことは急がぬ。

その方らは下がっておれ」


どうせ父からの聞かれてはまずい

話だろうと思った詮子は

侍女を下がらせた。


道長は詮子に近寄る。


「人払いせねばならぬ

話でしょう」


「はい。

23日は内裏からお出に

ならぬようにと

父上からの伝言にございます」


「何があるの?」


「その日になれば分かります」


道長は詳細は控えた。


「さっきから言ってるでしょ。

私は父上のやり方が嫌いだって」


詮子は嫌いな兼家の策には

乗り気ではないのだ。


「されど今回のことは

姉上と東宮様に悪い話では

ございませぬ」


「へえ〜、お前がそう言うなら

信じてもいいわ」


「ありがとうございます」


昔から詮子は道長にだけは

心を開いてくれている。


「でも、寝ずに心配する

子供らさえ偽って

気を失ったふりをし続けるって

恐ろしすぎない?

父上のやり方を疑わない

道隆兄上も父上の手先になって

うれしそうな道兼兄上も最悪ね。

懐仁を託せるのはお前だけよ。

分かっているわね」


「おやめくださいませ」


「まあよい。

いずれ分かるであろう、

己の宿命が」


道長は詮子を見る。


「なんて、

父上のような言い方を

してしまったわ。

フフフ…いけない、いけない。

フフフ…」


詮子は楽しそうに笑った。


「己が宿命か…」


帰り際、道長はつぶやく…


そしてまひろから送られた

詩を読み返した。




「我もまた君と相まみえぬと欲す」


道長はそんな漢詩を返した…



満月の晩…


まひろは家を抜け出し、

道長に会いにいく…


「まひろ」


と、道長は後ろから

まひろを抱きしめた。


「会いたかった」


そんな正直な気持ちを伝え

道長とまひろは口づけを交わす。


「一緒に都を出よう。

海の見える遠くの国へ行こう」


直秀の果たせなかった

夢を継ぐように道長は

そんなことを言う。


「俺たちが寄り添って

生きるにはそれしかない」


いつにも増して焦ったような

道長にまひろは


「どうしたの?」


と問いかける。


「もっと早く決心するべきであった。

許せ」


「そんな…」


道長はさらに衝撃的な

言葉を口にした。


「藤原を捨てる。

お前の母の敵である男の

弟であることをやめる。

右大臣の息子であることも

東宮様の叔父であることもやめる。

だから一緒に来てくれ」


まひろは知らないが、

いま藤原家は存亡を賭けた

勝負に出ようとしている。


父や兄はそのために動き、

姉は自分を万が一のため

源家と結びつけようと

画策している…


そこから逃れるには、

道長にとっても道はひとつ。


まひろと共に逃げるしかない。


「道長様…」


まひろは道長を見つめた。


「うれしゅうございます」


「まひろ」


と道長は再びまひろを

抱きしめた。


「うれしいけど…

どうしていいか分からない」


「分からない?

父や弟に別れを告げたいのか?

そのために家に帰れば

まひろはあれこれ考え過ぎて

きっと俺とは一緒に来ない。

だからこのまま行こう」


道長は強引に誘う。


「お前も同じ思いであろう?

心を決めてくれ。

まひろも父と弟を捨ててくれ」


「大臣や摂政や関白になる

道を本当に捨てるの?」


「捨てる。

まひろと生きてゆくこと

それ以外に望みはない」


「でもあなたが偉くならなければ

直秀のような無残な死に方を

する人はなくならないわ」


まひろは道長に志を

託したいのだ。


「鳥辺野で泥まみれで

泣いている姿を見て

以前にも増して道長様のこと

好きになった。

前よりずっとずっと、

ずっとずっと好きになった。

だから帰り道、私も

このまま遠くに行こうと

言いそうになった。

でも言えなかった。

なぜ言えなかったのか

あの時はよく分からなかった。

でも後で気付いたわ。

2人で都を出ても世の中は

変わらないから。

道長様は偉い人になって

直秀のような理不尽な

殺され方をする人が

出ないような、

よりよき政をする使命があるのよ。

それ、道長様も本当はどこかで

気付いてるでしょう?」


道長は認めない。


それでは姉の言うような、

宿命と一緒だ。


「俺はまひろに会うために

生まれてきたんだ。

それが分かったから

今ここにいるんだ!」


「この国を変えるために

道長様は高貴な家に生まれてきた。

私とひっそり幸せになる

ためじゃないわ」


「俺の願いを断るのか」


まひろは頭を振る。


「道長様が好きです。

とても好きです。

でも、あなたの使命は

違う場所にあると思います」


「偽りを言うな。

まひろは子供の頃から

作り話が得意であった。

今言ったことも偽りであろう」


「幼い頃から思い続けたあなたと

遠くの国でひっそり生きていくの

私は幸せかもしれない」


「ならば…」


道長はまひろをつかむ。


「けれど…

そんな道長様、

全然思い浮かばない。

ひもじい思いもしたこともない

高貴な育ちのあなたが

生きてくために魚を取ったり

木を切ったり畑を耕している姿、

全然、思い浮かばない」


「まひろと一緒なら

やっていける」


「己の使命を果たしてください。

直秀もそれを望んでいるわ」


「偽りを申すな」


「一緒に遠くの国には行かない。

でも私は都であなたのことを

見つめ続けます。

片時も目を離さず、

誰よりもいとおしい道長様が

政によってこの国を

変えていく様を死ぬまで

見つめ続けます」


「一緒に行こう」


道長はたまらずまひろを

抱きしめた。


道長よりもまひろのほうが

ずっと大人であった…。


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忯子のことを早く忘れてしまえ、

新しい女子を見つけろ、

皇子を作れ…


義懐の意見は一見、

冷たいようではあるが

人の命を救うことが

難しい時代にあっては

実は冷静な助言でもある。


事実、忯子のことが

忘れられないからこそ

帝はそこにつけこまれて

しまうことになるのだから…


ただ、忯子をそれだけ

大切に思う花山天皇の心情は

現代の人ほど共感はできるだろう。


どちらが正しいかといえば、

どちらも正しくて…


そこに付け入ってくる

安倍晴明や兼家こそが

非情である、とはいえる。



が、兼家も悪人とまでは

言い切れないのは、

道長だけは汚さずに

生き残らせることを

考えていることである。


兼家はどこからどう見ても

常に道長に対しては優しいし

特別扱いしている。


が、この兼家にそっくりな

姉の詮子も実はまったく同じで

道長こそが将来、

頼りになる存在であると

見抜いている。


兼家と詮子は仲は悪いが、

本当に似た者親子である、

とはいえるだろう。


道長の持っている才能や、

将来性を本当の意味で

見抜いているのはこの2人、

そしてまひろなのだろう。


もっとも道長はそうやって

家族から期待されればされるほど、

そんな立場にあることが

嫌になってしまい

まひろと添い遂げる人生を

歩みたいと考えてしまう…。


これは男のほうが子供、

というか…


このときの道長は20歳くらいで、

政治よりも恋愛のほうに

目が向いてしまうのは

仕方のないことだが…


まひろと道長の恋文のやりとりが

常に噛み合わないのは、


「直秀の死」


という悲しみを通じてまひろは

自分が男なら世を正したい、

と思ったしそれができないから

道長にそれをしてほしい、と

「志」を託したがっている。


ところが道長は直秀の死を見て、

いまの藤原家が起こそうとしている

クーデターを考えても、

人の命というものはどこかで

簡単に失われるのだと

気付いてしまった。


だからこそ生きているうちに

好きな人と結ばれたい、

その思いが強くなってしまう。


道長が突然、まひろに対して

性欲満々になっているように

感じるのだが…


これはいやらしいことでも

なんでもなく…


同じ「誰かの死」を通して

まひろのほうが


「世を変えなくては」


という思いを抱いただけで、

道長は


「死ぬ前に好きな人と

結ばれなくては」


と思っただけ。


人の生涯というものが

誰かと結ばれて子孫を残す、

ということの繰り返しならば

道長のような思いになるのも

また人間としては、

自然なことではあろう。



まひろの父、

為時にもそんな時が

あったのかもしれない。


勉強熱心で出世にも

無縁だった男であっても

妾を持っていた、

というのもべつにいやらしい

ことなんかではなく…


こういう時代だからこそ、

為時には為時の青春があり

妻以外の誰かと結ばれたい、

そんな思いに駆られた

若き日があった、

というだけだ。


為時はその責任として、

相手の女性が病気になっても

まひろやいとに迷惑を

かけないように、

一人で看病する道を選び、

そのことを可能な限り、

家族には内緒にしていた。


不器用だが為時らしい、

相手の女性、

そして自分の家族への

愛情にあふれた生き方で…


まひろが道長と結ばれることに

ためらいを見せていたのは、

為時にとっての高倉の姫が

そうなってしまっているように

いつか自分が道長の足を

引っ張ってしまうのは、

心苦しいという思いも

あったのかもしれない…。


また、これだけ愛情の深い

為時が自分の妻である

ちやはの死を、

その真相を家族のために

隠したのはどれほど

苦しいことであったろうか…



愛のあり方は人それぞれだが、

正解などはないからこそ、

難しい。


花山天皇の生き方も

間違ってはいないだろうし、

為時も道長も間違ってはいない。


恐ろしいのはそこに

つけこんでくる兼家のような

男、ということになるが

その兼家とて、

とくに道長のことは

とても大切にしている。


ところが大切にされている

道長は道長でまひろのために

藤原を捨てる、

とまで思い詰めてしまっている。


愛、というものの難しさを

考えさせられる話である。


こんな大河ドラマは

本当に珍しい。