広末涼子さんの不倫で
色々と騒がれていますが、
夫であるキャンドル・ジュンさんの
会見の内容が日刊スポーツに
全文アップされています。
これは本当に全文読むからこそ
価値のあるお話、
なぜ広末涼子さんが
そういう行動に走ってしまうのか、
キャンドル・ジュンさんが
自分の人生を通して、
何と向き合っているのか。
どんな気持ちで
広末涼子さんを支えて
きたのか。
とても丁寧で素敵な言葉が
紡がれています。
正義の名のもとに
広末涼子さん、
あるいはキャンドル・ジュンさんを
糾弾している人は
ぜひ読んでほしいです。
キャンドル・ジュンさんは
明言はしていませんが、
おそらく広末涼子さんは
若い頃からの芸能生活で
心を壊してしまっているの
だろうなと思います。
そのことをわかっているから
彼女のお母さん、事務所、
友人の方々、何よりも
夫である彼は可能な限り
支援しようとしてきたのでしょう。
そんなことに何の得がある?
という話じゃないんですよ。
彼がコメントの中でも、
もっとも多くを割いているのは
自分の家庭の説明ではなく
被災地との向き合い方です。
彼はおそらく広末涼子さんを
愛しているのは当たり前として
愛するというのは何も
自分の思い通りにする、
してあげるということ
だけじゃないのだと思います。
彼女の特殊なところを受け入れ、
間違ったほうに行かないよう、
なんとか支えたい…
自分の人生をかけて。
見た目がタトゥーにピアス、
と派手な方ではあるけど
本当にアーティストというか
求道者のような、
そういう気持ちを持った方、
なのだと思います。
ですが夫婦とはいえ
人と人ですから
どうしてもすれ違いもあるし
広末涼子さん自身が、
自分の感情を止められない
ところがあって、
今回のようなことが
起きてしまった、と。
キャンドル・ジュンさんが
偉いなと思うのは、
彼女を責めてるわけじゃなく
自分にもその責任の一端は
あるのだとしていることです。
何よりも一番冒頭で、
広末涼子は育児放棄などを
していません、
としっかり一部報道を
否定したこと。
また、自身が言った
「けじめをつけます、
お楽しみに」
という言葉が安易だった
ことも認めて謝罪しています。
自分もどうしてもこの言葉が
最初に目に入ってしまったので
いくら不倫したとはいえ、
奥さんに言う言葉?と
ちょっと思ってしまって
いたのですが…
そういうことではなくて
本来は相手の奥様と連絡が
取れたので自分のけじめを
つけます、
騒がしてしまうがお楽しみに、
という意味だったことが
よくわかりました。
強いて言えばそこには、
精神的に不安定な
広末涼子さんの心に
つけ込むような形で
取り入ってきた、
相手の男性への怒りくらいは
あるかもしれませんが、
それも憶測です。
少なくとも彼自身は、
そういった憶測や、
一部の切り取りではなくて
ちゃんと受け止めてほしい、
という気持ちで会見を
開いたわけですから、
それを尊重すべきですね。
そもそもそういった言葉の
最後の部分だけを
切り取って報道した
マスコミの悪意も存在してます。
キャンドル・ジュンは
怒ってるぞ、
報復するぞ、
広末はどうなる!?
みたいにね。
そうした悪意の数々が
そもそも広末涼子さんの
心を壊してきたわけです。
もちろん全文を読んでも
彼のような生き方は
理解できない、という
人もいるかもしれません。
どんな理由があっても
不倫は不倫だとか、
愛せるわけがない、
別れたほうが良いと
いうような。
でも、それこそその人の
考え方なのであって、
違う人もいるんです。
俺はキャンドル・ジュンさんの
ような気持ちというのは、
わかる気がします。
職業柄とくにそうなのかも
しれないんですが、
誰かを助けたいと思うときって
理屈ではないんですよ。
むしろ理屈だけだと
続きません。
同情、とも違うんでしょうが
その出会いに意味があるなら
自分がやらなくてどうする?
という感じですかね…
キャンドル・ジュンさんは
広末涼子さんに対して
そういう思いでずっと
寄り添ってきたのでは
ないでしょうか。
夫婦のことですから、
もしかしたらこの先
話し合いによっては
別れる可能性もあります。
でもそれは他人が面白おかしく
書き立てることでは
ないでしょうね。
あくまで個人的な意見としては、
こういう男性のことは、
大切にしてほしいと思うし
その大切に気づくことが
今の広末涼子さんには
必要なんじゃないかなと
思います。
そのためにもまずは、
周りが騒ぎ立てることなく
彼女自身が充分に
考える時間と余裕を
作ってあげるべきです。
自分は今回の件について、
Twitterでは最初から
あまり叩かないほうがいい、
ということを書いてきました。
とくにラブレターを晒すとか
そんなの私刑も甚だしく
マスコミがすることでは
ないはずです。
意外だったのは、
そんな意見なんていいねが
ついても10くらいだろうと
軽い気持ちでツイートしたんです。
下手したら不倫するような
奴を庇うのか!とか
捉える人もいますし。
でも700とかいいねがついてました。
それを見たらなんだか
世の中も捨てたもんじゃないなと
思えたんです。
罪と罰をちゃんと、
切り分けて考える人も
多いんだなって。
なんでもかんでも、
正義の名のもとに
叩いてはいけない、
少なくとも他人が
安易に裁いてはいけない。
とくにこれは、
刑事事件でもなんでもない
あくまで他人の家庭の
問題でしかないんです。
それをネットだから、
みんなで叩いて
あるいはマスコミが
彼女を極悪人のように
断罪してやればいい…?
そんなはずありません。
相手の言い分も聞かないまま、
そんなこと許されてはいけない。
私刑など認められていないんです。
安易に断罪するのは
危険なんだという
ことに気づいてきた人も
多くいるんです。
確かに不倫が良いこと、
なんて思いません。
思わないからこそ、
自分はしません。
ただ、そういう行動に
至ってしまうのには
必ず理由があります。
その行動の理由を完全に
無視して結果だけを責めるのは
何か違う気はします。
今回の広末涼子さんなんて
キャンドル・ジュンさんの
お話を読んでみたら、
非常に特殊な事情がありました。
本当に一方的に責めるのは
かなり気の毒だと思います。
もちろんその行動で相手の奥様を
傷つけてしまったことは
紛れもない事実なのですから
それを仕方ない、とは
言うことはできません。
であればこそ、そこは
キャンドル・ジュンさんが
おっしゃっていたように
どんな理由があれ、
けじめは必要な部分です。
当事者同士で、ね。
そんなことは他人である
我々やそれこそマスコミが
面白おかしく断罪する
ことではないということです。
今回、キャンドル・ジュンさんの
会見を全て読まなければ
自分も彼のことをどこかで
誤解していたと思います。
本人の意を汲んで、
しっかり全文掲載した
日刊スポーツはとても
立派だと感じました。
報道とはそうあってほしいです。

