震災から10年 | NobunagAのブログ

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家庭菜園、ゲーム、アイドルなど趣味の話題や、子育て、介護関係のことをつらつらと書いています。

震災から10年経つ。

10年。

あのとき赤ちゃんだった
俺の子供は元気に育ち
毎日学校に行っている。

弟も出来て楽しく、
ときには喧嘩もしつつ
それでもたくさん学び
成長している。

当たり前の日々。

なんと、
ありがたいことだろう。



先日、母を若くして
亡くしてしまったが
人の一生、
運命というのは
本当にわからないものだと
実感した。

今年、そんなことが
起きるなんて
去年は想像して
いなかった。

であればこそ、
大切な存在が
元気であるということ…

ごく自然に当たり前の
普通の平凡な日々こそが
本当はありがたい
ことなのだと気づく。



あの震災のときに、
多くの人が唐突に
命を落とした。

きっとつらいだろう、
お気の毒に…

それはもうずっと、
そのときから常にそう
思ってはきたのだけれど…

それは想像であって、
また、想像するしかなくて。

母を失くしてみて初めて、
そのつらさの一端が
実感として理解が
出来るようになったの
かもしれない。

今年はいつも以上に、
胸が痛くなる。

でも本当はきっと
みんなそれ以上に
俺が思う以上にもっと
つらかった、
つらいはずなんだ。

病気ではなくて、
災害によってなんの
心の準備もなく、
大切な人を奪われる。

命だけじゃない。

災害のせいで、
家や写真、
思い出までも
失った人が多い。

いま、俺ががんばれているのは
母との思い出がつまった
家で暮らすことが
できていたり、
なつかしい写真を
見返したりできるから。

そうすることで、
やっと前を向けるんだ。

でも災害で家族をなくした方は、
思い出の場所や品すら
奪われてしまって、
原発事故の影響によって
故郷さえも失った人達が
たくさんいる。

その悲しさ、悔しさ、
切なさを思うとき、
あまりのひどさに
途方に暮れる思いがする。

亡くなった人も、
残された人も。

どんなに苦しくて
つらいことだろうか。

災害で大切な人を失うことは
あまりにもつらすぎて
たとえ母を失くしたばかりでも
全てを理解してあげることは
きっと俺には出来ないのだと思う。

亡くなった方のために祈り、
残された方たちの幸せを
願うことだけが
変わらずに
たったひとつ出来ること
なのだろう。



皆さんが平穏で
ありますように。