若い頃は大学病院にも長く勤めて、
今は大阪の診療所の院長として
主に在宅での看取りなどの
地域に根差した医療に
取り組んでいるんだけど。
うちのほうなんか
やはり田舎なので、
病院の数自体が限られ
セカンド・オピニオン
みたいなことすら
そんなに言われないんだが。
たまたまその従兄が
母の病状について、
主治医の先生がくれた
データを見てくれました。
やはり、なかなか
厳しいなというのが
正直なところみたい。
もちろん薬が効く、
効かないというのは
人により違いもあることで
従兄が担当した人の中でも
本人の希望もあって
たいして治療もしなかったのに
なぜか何年も生きてた、
という人もいたりするから
その意味ではそうした
奇跡的なことに賭けるというか
希望をゼロにすることはない。
それは主治医の先生だって
そう言っているからね。
何もしないうちから
期待を持たないなんてことは
良いことではないと。
まずは希望は持ちながら
やっていきましょうって。
今日は妹の受診にも付き添い、
母の病気のことを
妹の担当をしている
精神科の先生にも報告したら
俺の話もだいぶ聞いてくれた。
やっぱりそうした
人の寿命みたいなことに関しては
データというものも大事だけど
まったく同じデータの人は
またいないですからね、
もちろんある程度の覚悟は
持たなきゃいけないだろうけど
日々を普通に楽しく過ごすのも
大切なことですよ、
とも言ってくれていた。
まぁそれでもどの先生も
共通するのは、
そうはいっても厳しい見通し、
覚悟というのは持って
そのうえで頑張っていくしか
今はないよねということ。
自分でも本当にたくさんの人の病気を…
それは治るものも当然あるし、
治らず亡くなる姿も含めて
色々と見てきている。
事実、人の余命というのは
仕事柄、何年やっていたって
なんとなく勘でわかるときも
確かにあるんだけど
外れることもままある。
結局、人にできることは
目の前に起きることの
ひとつひとつに都度、
対処をし、
またそれを受け止め、
ときには飲み込んで
進み続けていくしかない。
自分の身内のことになると
やっぱり俺も弱い人間だなと
このところ痛感している。
今はどうしても
何をしていても心から
楽しいとは思えない。
好きなお笑いを見たって、
面白いと感じてしまう自分にも
罪悪感すら感じる始末。
というよりも、
なんだか心がからっぽで
何も感じられなくて、
ただ息をしてるだけって
感覚しかないような。
仕事なんかしてると
とくにそうなってしまう…
こんなときでも、
利用者さんの入居相談とか
会社の問題とかも色々と
報告もくるんだけど、
ちゃんとやらなきゃって
思っているのに、
心がついてこなくて
ぼーっとしてしまう。
でも俺がそんなふうに
思いながら生きることを
母は望んでいるか?
いるわけないよね。
普通に過ごしてほしい、
楽しいときは楽しいと
感じられるようであってほしい。
俺が母にそうあってほしいと
感じているように、
母もきっと俺のことは
そういうふうに思って
くれてるだろう。
親子ってそういうものだ。
寿命の長さは人それぞれに
違うものであるけれど
一度生を受けた以上は
必ず最期も訪れる、
誰にだって、
どんなに大事な人にも
そういうときがくる。
であるからこそ、
ただ普通の毎日というのを
大事にしなきゃいけない。
いや、意識して大事に
する必要すらないんだよね。
普通に積み重ねていく日々の
そのすべてが誰にとっても
本当はかけがえのない
宝物なのだから。
まぁ、こういうことを
書いてはいるものの、
俺自身はまだ希望は
捨てていない。
希望を持つことも
また自由なことだからね。
絶望して過ごしても
希望を持って過ごしても
過ぎる時間というのは同じ。
であるならば俺は
ほんの少しでも
希望は持ちながら
過ごしていこうと思う。
母のことだけでなくて、
俺にだっていつか
みんなとの別れも訪れるから
そのときに自分の生き方に
後悔がないように、
うれしいことにも
悲しいことにもちゃんと
向き合って生きよう。
