良い最期を迎えた | NobunagAのブログ

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家庭菜園、ゲーム、アイドルなど趣味の話題や、子育て、介護関係のことをつらつらと書いています。

■良い最期を迎えた■

先日、ある利用者さんが
ホームで亡くなりました。

91歳、大往生ですかね。

最期は普通に朝食を食べ、
リビングでみんなと一緒に
座っていました。

スタッフが他の方を
介助して戻ると、
ちょうど息を引き取るというか
体から力が抜けたようになり、
あわてて横にしたが、
すでに息をしていなかったと
いうことのようです。

これだけを切り取ると
スタッフが見てない間に
亡くなるなんて、
事故も同然!と
思われるかもしれませんが
そうではないのです。

元々、看取り期にある方で
本当ならばお盆までは
もたないと言われていたのが
そこを乗り越えて、
さらには最近は調子もよくて
うまくいけば冬までは、
と思っていたのですが
そこまではやはり、
もたなかったということです。

僕らにも家族にも

「私はここで死にたいから
絶対、絶対!入院はさせないで!」

と言い張り続けていました。

感じるものはあったのか
従姉妹さんには

「私ここにいるからね、
でももうすぐだからね、
最期まで置いとくように
言っといてね」

なんて伝えてたそうです。


こういう流れを見ると
いいバアサン、って
感じでしょうが…

まあ、なんというか…

ワガママな方ではありました。

利用者ワガママチャンピオンを
決定するとなったら、
僕はこの方に10票入れますわw



とにかく性格が強く、
自己中心的なタイプ。

元々は精神科の看護婦長や
保健師をしてきたので、
当時からすれば
バリバリやってきた
キャリアウーマン。

スタッフのことなどは
ひよっこくらいにしか
思ってません。

何せそれを理由に、
前の施設を追い出される
くらいなのですから、
並大抵ではないです。

家族ともあまりうまくは
行っておらず、
契約のときには
高齢の従姉妹さんが
来られたほどです。

そんな感じですから、
入居初日からやらかしました。

なんと歩いて家に帰ったw

たまたまその日は
用事があって休んでた僕に
早速スタッフから
怒りの電話がきます。

「とんでもない人を
いれてくれましたね!」

とw

当時はまだ管理者になり
そんなに経験もなくて、
スタッフにも僕の考え方は
浸透もしてません。

そろどころか何かあれば
叩いてやろう、
くらいの厳しさが
スタッフにもありました…

みんなをなんとか説得し、
この方のためにと頑張っても
肝心の本人も僕のことも
小馬鹿にしてますから
話にならんわけです。

まぁ、そんな日々を過ごすこと
7、8年かな…

途中からその方の、
僕への見方は変わり
スタッフの前では
過剰なまでに僕を恐れるように
なりました。

「おお!親方がきた!
怖い、怖い!」

それではまるで隠れて
虐待でもしてると
思われかねません。

それなのに夜になると
僕が夜勤のときだけ
起き出してきて

「ねー、なんかうまいもん
ちょうだいよ!」

と甘えてくるのです。

二人でお菓子を食べて
話をしながら

「なんで俺のこと怖がるのに
二人のときはこうなの?」

って聞くと、

「だってみんなの前では
怖がられるくらいのほうが
やりやすいでしょ!
あんた、一番偉い人なんだから!」

と言うからすごいです。

もしかしたら看護婦長の頃は
若い先生にそうしてたのかな。


看護婦の経験があることから、
極度に医療処置は
嫌っていました。

体調が悪くなり始めたころ、
主治医は胃カメラでも
飲むかい?
と提案しましたが…

「絶対ヤダ!!あんなもん
飲むくらいなら死ぬ!」

「点滴もヤダ!!」

ただし眠剤は大好きで、
夜になれば

「眠剤おくれー!!」

と絶叫します。

「さっき飲みましたよ」

と言うと

「ケチ!!
飲みたい奴には死ぬほど
飲ませればいいんだよ!」

ときたもんですw



ご自身が精神科にいたころ、
色々とひどいことも
してきたようです。

二人きりになると時々、
教えてくれました。

「昔はね~、こういう
施設でも病院でも
頭のおかしい連中なんか
廊下に一列に並ばせて
眠剤を配ってたよ。
それで寝ない奴なんかは
ふん縛って廊下に
転がしといたよ!
なんなら注射射っておしまいだ!」

恐ろしい世界ですw

「でもいまはすごいねえ、
あんたたちはそれを
しないでよく我慢してるよ、
こんなワガママババアにさ!」

じゃあ、騒がないでくれ…

と思ったのは言うまでも
ありませんが…



とはいえこの人が
ここまで強くなったのも、
つらいことだって
あったんですよね。

目の前でご主人が
風呂に入ったまま死んだのを
目にしてるんです。

そんな中で一生懸命、
看護婦として働き、
子供を女手ひとつで
育てあげた。

だからこその厳しさで
息子さんとはなかなか
打ち解けることができず
嫁さんとも仲良くなるのは
難しくて、
施設に入居…そしてそこでも
追い出されて、
ようやくたどり着いたのが
うちのホームです。



好きなことを言いまくり、
好きなものだけは食べ、
嫌いなものは全部残し、
イベントの9割は不参加、
好きなときに起き、
好きなときに寝る。

顔も洗わなきゃ、
歯もろくに磨かない。

治療が必要になっても
それは全部拒絶w

でもそうやって、
91年も生きて、
みんなのいるリビングで
普段と変わらぬ喧騒の中、
亡くなっていった。


なんといい人生か…



僕にとって心残りは、
日記にも書いたんですが
毎日この方に声をかけて
帰っていたのに、
亡くなる前の日だけは
かけられなかった。

スタッフの実にくだらない
トラブルによって、
それを怠ってしまった。

だからそれだけは、
本当に残念です。

でもこの方もその辺は
わかってくれるのかな…

実はその前日の夜に
亡くなられてしまったら、
駆けつけることも
危うかったんです。

僕は普段いつ呼び出されても
いいようにとお酒は
まったく飲まないんですが、
その日だけはどうしても
スタッフの起こしたゴタゴタが
やりきれなくて、
外食して珍しく酒を
飲んだのです…

その夜に亡くなられていたら
駆けつけられなくて、
管理者が来られないという
まずい事態になったけど、
翌日の朝、僕が来れるときに
亡くなってくれた…
という言い方も変だけど
結果的にはそういう
結末になりました。




こんなふうに
施設に入っても
この人らしく生きて
この人らしく死ねて、
そのお手伝いができて
自分は胸を張ります。

僕がやりたいのは
こういうことなんですよ。


一見、好き放題させてるようで
そんなことはないです。

これを達成するのが
どれだけ大変で、
そしてどんなに大事なことか。

それがわからないスタッフに
足を引っ張られるのは
本当に最悪だし、
利用者にとっても
不利益なのです…



僕らはこの利用者さんが
してきてしまったような
昔の精神科とは違う施設を
日々築いてきてる。

そのことも利用者さんに
伝えることができたと思う。

その人自身は悔いても、
そういう過去があるから、
今のような施設があるんですよと。



できることならば
僕もまだここで、
自分のできることを
続けていきたい。

人の死というものに意味や
あるいはその人の築いた人生に
連続性を持たせていくためにも
くだらないことで、
離れるのは惜しいです。

いまだにガソリンは
ないけれどw



ご冥福をお祈りします。