■今年の介護■
最近更新頻度が減ってますが、
まぁいつもと変わらぬ日々を過ごしています。
忙しいのはありがたいといえばありがたいし、
とはいえつらく厳しい日々でもありますw
早いもので今年もそろそろ終わりです。
今年一年を振り返ると、
自分でいうのも微妙ですが、
精神的には成長したのかなとは感じます。
介護というのは楽しいこととつらいことを比べたら、
つらいことのほうが多いです。
通所のときはそんなことまったく感じませんでしたが、
施設勤務になってからはずっとそれを感じています。
最初の頃は辞めることもしょっちゅう考えました。
正直、認知症のあまりの異次元さについていけずにいました。
…という書き方は病気の方に失礼なのも重々承知ですが、
本当につらかったなぁという記憶しかないのです。
毎日会っても覚えてもらえないのは当たり前、
赤ちゃんのようにハイハイして床を這い回っている人、
隣の部屋の方が亡くなりそうなのに、
その隙を突いて外へ出ていく人、
ウ○コを窓から投げる人、
ベッド柵を本気で投げつけてくる人。
もちろん数年が経ち、
利用者の半分以上は入れ代わっていますので、
今が同じかといえばそうでもないですが、
それでもやはり似たようなことはしょっちゅう起きていて、
重度の認知症というのはそういうものなのだと、
いつも痛感させられます。
しかしそうした認知症の症状以上に衝撃的だったのは、
スタッフが誰もそれに違和感を覚えていないことでした。
良い意味では相手を受け容れているともいえるし、
悪い言い方をすれば慣れすぎて解決方法すら、
探ろうとしていないようにも見えました。
実際のところわからないですけどね。
とにかくそういう部分でどうしても
自分では理解ができないことばかりで、
続けられる自信なんか微塵もありませんでした。
ただ自分自身で強く思っていたのは、
利用者にも、スタッフにも振り回される必要はない、
自分は自分が考えた方法で介護をするのだということです。
「受容」すると同時に、
やはり専門職なのだから「改善」も目指す。
何度も(今でも)くじけそうにはなっていますが、
ほんの少しも改善できなかったというケースはありません。
そういうことを繰り返すことで、
自分にちょっとずつ自信が生まれ、
その結果として今も続けられているのでしょう。
もちろんそれがいつまで続くかはわかりません。
もっともっと大きな困難に、
絶対に破れない壁に当たる日もいつか来るんでしょうね。
認知症はそんな難しい病気だと思います。
だからきっとその日はくると思います。
人を救うために仕事をしているので、
救うことができなくなったら無理だと思います。
個人的に認知症をケアだけで治せるとは思えません。
そんなこといったら介護士としての立場がないかもですが、
やはり脳の病気である以上は、
最後は医療の領域なのではないかと感じます。
ただ医師任せにしてられる世の中ではないので、
誰かがやらなくてはいけない。
その役目を負うのが我々の仕事なのかなと。
神経をすり減らすようなことをやってる気もしますが、
そういう日々こそが生きている証でもあるのかもと思ってみたり。
今年は何度か講師をさせてもらう機会にも恵まれました。
それはいくら自分だけが望んでもできないことなので、
そうした機会を設けてくださる周りの方にはすごく感謝しています。
教えられる側に立って学ぶのも大事なことだし、
逆に人に教えるときには再度学びなおすので、
それはとても自分にとってプラスになります。
もっとも人前で話すのはやはり緊張もしますが…
緊張感がないよりはたまにあったほうがいいのかなとw
まだまだ今年も課題は山積みでやることもいっぱいなので、
安心はしてられませんが、
とりあえず目の前のことをやる、
その姿勢は忘れずにいこうかなと思います。
結局はその繰り返し。