◆オムツゼロ運動etc◆
ある研修に参加していたとき、
休み時間に他の施設の方々の会話が耳に入ってきました。
「うちの施設さ~、
施設長がなんかの本読んだらしく急にやる気出しちゃって」
「どうしたの?」
「今日からオムツゼロ運動を開始します!とか言いだして」
「あ~、そういうのよく聞くけどどうなの?」
「最悪だよ、サイアク。
夜中でもせっかくグーグー寝てるのに無理やり起こして、
強制的にトイレに行かせるんだよ、それも全員」
「それじゃ大変だね」
「そうそう、うちらも大変だし、
利用者も眠いからフラフラだし、
勘弁して~って言ってるのにかわいそうだよ」
「誰も得しない?」
「まぁ、施設長は満足なんだろうけどさ~。
一人もオムツをしてない状態にするって張り切ってるから」
と、こんな感じのお話。
ハァ?って感じですね。
また夢の世界を築こうとする人の犠牲者が。
なぜ一人もオムツをしない状態にする必要があるんでしょうか。
オムツをしてるなんて人として終わってるという偏見に基づいた
一見理想的に見えて実にひどいやり方だと思います。
確かにトイレに行ける能力があるはずなのに
面倒だからといってオムツに頼ってる人がいたら、
余計に身体能力が低下し清潔保持も難しくなるので
それはオムツ外しを考えたほうがいいでしょう。
でも中には身体的にどうしてもオムツが必要な方もいるはずです。
ならばオムツをしている人だっていてもいいんだ、
汚れたらすぐに替えてあげれば快適に過ごせるんだと、
そういう環境を作ってあげることが我々のすべき仕事でしょう。
そういった対応は本来、
一人ひとり違うものであるべきで、
施設長の勝手な思い込みで画一的にオムツをしないことが素晴らしいと
決めてしまって良いものではありません。
大人になるために必ずいつか卒業しなきゃいけない
赤ん坊のオムツ外しじゃないんですからね。
強制的にオムツを外させることで、
スタッフは非常に苦労をし、
利用者だって誰もが喜ぶわけじゃなく、
一部にはイヤな思いをする人いる。
でもね、たぶん達成感はあるんですよ。
これがあるから勘違いを生む。
介護というのは仕事の性質上、
耐えることが多く求められます。
そして耐えに耐えて、
つらいことを我慢して続けると
「ご利用者様のために私たちは自分の身を犠牲にしてまで、
これだけのことをしてさしあげたのよ~!すごいわ、私!」
というまやかしの満足を味わえる。
これがいけない。
オムツ外し以外にも経営者、管理者、施設長などが理想を追いすぎて、
おかしな方向にいってるケースはいくらでも耳にします。
「うちの施設では一切精神薬は使わせませんよ」
精神薬=悪という完全に偏見です。
確かにドラッグロックといって精神薬などを過剰に投与して
行動を制限することはあってはならないことですが、
病気の治療のために適切な量を医師の処方のもとに
飲むことはまったく悪いことではありません。
「うちの施設では日中は必ずホールにいてもらうので、
お部屋に一人きりにさせないようにしてます」
人間だから一人になりたいときもあるはずなのに、
それが許されないんですか?
「うちの施設では健康に害があるものは一切食べさせませんので
ご安心ください」
すべての人が健康だけを追い求めているとでも?
ましてや残された寿命がわずかなのに?
と、このような感じで恐ろしいほどに、
一方的な理想を押し付ける施設もたくさんあるのが現状です。
厄介なのはそれをさせている側の人間は、
自分が素晴らしいことをしていると思い込んでいて、
ただの自己満足なだけなのに、
なぜか利用者のためにしてあげていると
幸福感にひたってしまっていることです。
これはとても気持ちが良い状態のため、
いくらこんなふうに間違いを指摘したって、
その心には届きません。
まるで宗教です。