◆苦しみの日々とともに◆
俺には6歳離れた弟がいる。
しかしうつという心の病気を抱えているうえに、
igG4という数値が高いという自己免疫性の疾患を抱えていて、
頻繁に高熱を出してしまう難病を患っている。
彼が病気だということはパッと見では全然わからない。
むしろ頭も良いしイケメンなので昔から女性にもモテる。
子供の頃は学級委員などもすすんでやるほど活発で、
俺にとっても自慢の弟だった。
友達も多く、いつも皆の中心にいて
周囲を引っ張っていく、
アウトドアの活動も大好きなアクティブな人間だった。
俺はとにかくネジ曲がった子供時代を
過ごしていたと思うので、
彼とは正反対。
よく比較されてしまうことも多かった。
とはいえ6つも年が離れていると、
そんなことは関係なくやはり可愛いのだ。
そんな彼が病気になってしまったのは、
大学生の頃だったと思う。
突然学校に行けなくなった。
それでも休学などをはさみながら、
しっかり卒業をしている。
俺は途中で大学を辞めた人間だ。
俺もある意味では弟に似ていて、
人となじめないので大学は向いてなかった。
卒業までいられる自信すら持てなかった。
それを考えるとやはり芯は彼のほうが立派だったと思う。
でも今は彼はまともに仕事を続けることもできない。
せっかく始めてもすぐに人間関係でつまづき、
悩み、辞めてしまう。
うつ病には波があるので、
調子が良いときには比較的長く勤まるときもあるが、
必ずどこかでダメになる。
その繰り返しということがこの10年でわかっているので、
たとえ一時期調子がいいからといって、
安心しすぎると絶対に手痛いしっぺ返しがくる。
それがわかっているから、
俺はいつも不安だ。
病気なのだから、
うつ病のことだけを考えれば仕事なんかしないほうがいい。
休ませてあげればいい。
それはわかる。
でもigG4疾患の治療薬が高く、
薬代だけでも本人が稼がないと厳しいのが現実。
本当に何万とかかっているので、
周囲が援助するのも困難な金額だ。
やがては難病指定されて医療費がかからなくなるかもしれないが、
そんなのはいつになるのやら。
お役人がのんびり協議している間にも、
本当に苦しんでいる人たちは
地獄のような日々を送っている。
そう、うつ病を支えるのは生き地獄だと言った人がいる。
大げさだと思う人もいるかもしれないが、
はっきり言って、
まったくその通りだ。
ものすごくつらい。
たぶん、本人はもっとつらい。
でも家族だってつらい。
大事な弟がまるで別人のようになってしまい、
突然どこかへ失踪してしまったり、
自ら命を絶とうとしたり、
そんなことを何度も何度もされて正気でいられるわけがない。
昨日も仕事のことで悩み、
パニック発作のようになって倒れてしまい、
救急車を呼んでなんとかことなきを得た。
病気だから仕方ない、
本人が一番苦しいんだと
理解してあげたい思い。
それでも家族だってこんなに苦しいのに、
なぜわかってくれないんだという思い。
そのふたつの思いが、
延々と10年間交差しながら俺は生きている。
仕事でしている介護と、
病気を支える家族としての立場とを、
完全に比較することはできない。
でも介護については、
どんなにつらくても必ず終わるという保証がある。
単に認知症だけなら10年したらほとんどのケースは終わる。
しかしうつ病は終わらない。
たぶんこの先も何十年続く。
俺は心から笑ったことがほとんどない。
どんなにうれしいときも、
楽しいときもいつも心のどこかで、
心配をしている。
おびえている。
うつ病を支える家族のほうがうつ病になるという意見もある。
ま、それもそうだろう。
このつらさは同じ立場の人にしかわからないと思う。
俺の奥さんや子供のためにも
自分が病気にならないように気をつけてはいるが、
正直わからない。
自分の家族がこんな状態なのに、
さらに仕事で認知症の家族のケアもしている。
病気の人を支えるつらさは知っているから、
心から共感してあげられるのはメリットでもあるが、
話を聞けば聞くほど自分のこととフラッシュバックする。
家族が介護のつらさを訴える、
薬を飲ませたくないと希望する、
それは理解できる。
気持ちのうえでの理解はできるんだが、
それでもするしかない、
それが現実。
利用者からだって
「アンタみたいな若い人には私の苦しみはわからん」
とか
「アンタは気楽でいいねぇ」
と言われる。
そんなことはないのに。
本当は俺の精神衛生上、
介護の仕事はよくないのかもしれない。
でもいまさら引き返せない。
まぁ、こういうふうにグダグダ俺のつらさを書きなぐっても、
結局やっぱり一番つらいのはきっと本人だろう。
神様はいない。
何も落ち度がない人がこんなに苦しまなきゃいけないなんて、
どう考えてもおかしいことだ。
実は俺の人生はお先真っ暗だ。
母親は一度倒れているし、
母にせよ父にせよ、
こんなに何度も可愛いわが子の苦しむ姿を目にし、
振り回されて心労は想像以上だろう。
たぶん、認知症になる。
それを看るのもきっと長男の俺。
うつ病を支える家族はつらい。
でも、それでもどんな病気でも可愛いのだ。
自分から命を絶つことなんて絶対にしないでほしい。
苦しみのすべてを受け止めてあげることはできないし、
感情的になってしまうこともあるけれど、
それでも。
輝いていた日のあなたを知っている者として。