◆認知症対応型の難しさ◆
グループホームの正式名称は
認知症対応型共同生活介護です。
しかしながら認知症というのは、
ガンなどの病気とは違って、
あきらかな診断が難しい病気です。
たとえば脳の委縮がなくても、
認知症がとてもひどい人というのは
たくさんいます。
とりあえず年を取ってて、
ある程度の症状があったら認知症、
というように診断されてしまう場合も多々あります。
そんなわけで認知症対応型の施設には、
あらゆる度合いの認知症の方が
集まってしまう(という言い方が正しいのかどうかはともかく)
ことになります。
軽度の方と重症の方が共同生活をして
それを援助していくというのは、
本当に難しいことです。
スタッフの手間は仕事だから仕方ないにしても、
重症の方への対応を重視することにより、
軽度の方の生活に支障をきたす場合も
少なくありません。
たとえばうちのユニットのひとつでは、
ものすごい(そりゃもうものすごい!)
収集癖がある方がいる関係で、
トイレットペーパーやゴミ箱を置くことができません。
普段使うトイレに紙がない生活空間。
想像できますか?
すごいメンドウですよ。
トイレに行きたい人はわざわざスタッフに
「すみません、紙をください…」
とお願いしてから行かねばなりません。
普通、トイレというのは男は大っぴらに行く人もいますが、
女性なんかはこっそり行きたい人も多いはず。
でもそれができないのです。
(ちなみに紙を隠してもそれは発見してしまうのでダメでした)
もちろん皆には事前に何枚か多めに渡すなどの工夫はしてますが、
それでも使いきってしまったらスタッフを呼ばねばなりません。
というより、皆さんそれぞれ認知症はあるので、
多めに渡しても一回で使い切ってしまう人も多いです。
そんなわけで
「すみません、トイレに行きたいから紙をください」
「どうぞ~」
のやりとりは一日に何度も行われます。
スタッフが忙しそうにしていれば、
呼ぶのを躊躇して、
我慢している人だっているかもしれません。
「お仕事中すみません…どうしてもトイレに行きたくて…
私に紙をくれませんか…」
という言葉を聞くとさすがに哀れです…。
一方、その収集癖の強い方にとっては、
このほうが居心地は良いんです。
毎日楽しく生活されてます。
結局のところ、取ってしまうから周りに怒られるのであって、
それができなければ怒られることはありません。
在宅の頃からそれが一番の困りごとだったようなので、
集める対象さえなければ他人に怒られずに
普通の生活が送れるのです。
普通収集するタイプの方というのは、
ある特定の物に執着していて、
それがない空間では余計に混乱したり怒ったりするんですが、
この方は本当に特殊な感じの方なので
とくにこだわりがあってしているわけじゃないらしく、
なければないで一切気にされていません。
周りに集める物がないほうが、
本人も混乱しなくて良いということです。
対症的なことばかりに目をつけて対応するんじゃなく、
本人が何かストレスがあるからそういうことをするわけで、
ちゃんと原因を探れば?
とエライ専門家は言うでしょう。
一応そこは俺も専門職として、
3年間くらい原因を探り、
ありとあらゆることを試してますが、
まったく不明です。
俺やうちのスタッフの対応力不足かもしれませんが、
本当にあらゆることをやってみた結果として、
やはり物を置かないこと以外にベストな方法が見当たりません。
紙をはじめとして周りにほとんどの物が置けないのは、
スタッフにとっては業務に支障をきたすほどやりづらい環境ですし、
他の入居者さんにとっても不便です。
不便だけで済めばいいですが、
余計な羞恥心を感じさせたり、
自分でできるはずの方までスタッフを呼ばなきゃいけないわけで、
その方の能力の低下を招く可能性も高くなります。
ある人にとっては最適の環境でも、
他の人には最悪になってしまうので本当に難しい。
認知症は個別ケアが大事と言われますが、
個別ケアと集団生活の両立は非常に困難です。
そもそもそんなに重症の方はグループホームの対象じゃないのでは?
という意見ももっともかもしれません。
しかし毎度書いてるように、
特養は空いてません。
とくに一般的な特養ではここまで特殊な症状の方を
受け容れるのは無理なのではとも感じます。
カギのかかった何もない部屋に入れられてしまうかもしれません。
介護施設では拘束は原則禁止とされてますが、
本当に難しい方なので施設によっては、
拘束するしかない!と判断されてしまうかもしれません。
それよりはできるだけうちの施設で
対応してあげたいなという思いもあります。
しかしそれはあくまでケアマネとしてであったり、
一個人としての思いであって、
管理者としては9人なら9人の生活全部を
守っていく義務もあります。
認知症対応型、とはいえ
何でもアリということにしてはいけないと思います。
きっとこういう悩みはこの先もずっと続くんだろうなぁ。