■一人をとるか多数をとるか■
前の記事に書いたように、
認知症に対しては
その症状に合わせて
ひとつひとつ対応していくことが大事です。
極端な例として
「トイレットペーパーが置けない環境」
を挙げたわけですが、
これはもう、
ずいぶん悩みましたね。
僕がグループホームにきたとき、
一番驚いたのがこれですから。
そのせいで自分で歩いて
トイレに行ける人までが、
「すみません…トイレに行きたいから
紙をください…」
なんてスタッフのところに
お願いに行ってるんですよ。
なんだこれはと思いました。
トイレというのは女性ならとくに、
こっそりと行きたい人もいるはず。
それなのにみんながいちいち、
トイレに行くたびにスタッフに
お伺いを立てているんです…。
で、原因を聞いたら
ある人がトイレットペーパーを
全部持っていってしまったり
食べたりするから、
トイレに置けないんですと。
じゃ、どこかの棚の中は?
一日中徘徊して探し回るから無理です。
必ず発見されますと。
でも皆さん思うでしょう?
じゃあ、常に誰かがその人についていれば
いいじゃないかってね。
もちろん僕もそう思いました。
しかし現実は甘くなかった。
その方は一日に50回はトイレに行きます。
そしてそれ以外の時間は、
本当に常に歩きまわっています。
棚も開けるし、
他の方の部屋の中も探すし、
ありとあらゆるものを収集します。
その回数があまりにも多すぎて、
とてもずっとついているなどできません。
スタッフが何人かいる日中だけならまだしも、
一人しかいない時間帯も多いので、
とてもじゃないけど、
その方だけについてはいられません。
なぜなら他にも症状の重い人がいます。
たとえば汚物用のポリバケツに、
小柄な利用者さんが入っていたことも
あったりします…。
火をつけようと探してる人もいます。
認知症だけではなく
看取り期で目が離せない人もいます。
ずっとついて見ていられない以上は、
代替方法を取らざるを得ません。
できないのにできると言うのは
無責任ですからね。
それでも認知症が軽度の方たちは、
僕に言うんです。
「たすけてください、
私たちはいつまであの人に
付き合わされなきゃいけないのか…」
「このままじゃこっちまでおかしくなります」
「あの人はあんなに若いんだし
私たちのほうが先に死ぬだろうから
死ぬまで我慢しなきゃいけないの?」
って…。
難しいことにその方はまだ70代でした。
確かに他の方たちのほうが
年を取っていて、
その方に付き合わされてはかなわない、
というのもよくわかります。
しかもこんなに症状が重いのに
専門医すら受診していません。
要介護度もなぜか1です。
なんとかしたいと思いました。
担当ケアマネも何をやってるんだと思いました。
しかし当時は僕もまだ管理者として
着任したばかり。
わからないことだらけです。
結局、自分がケアマネ業務を引き継ぎ、
家族に専門医受診の必要性を必死で
説きましたが、
「たかが認知症くらいで…
みんな同じようなものではないのか」
という思い込みを変えること自体も難しく、
それが出来たのがようやく3年後。
ただの認知症ではなく、
難しいタイプの前頭側頭型認知症(ピック病)でした。
で、今はどうなったか。
結果的に症状は止まりました。
トイレットペーパーが安心して置けます。
施設の中には
こういう困ったケースに出会うと、
対応しきれないと手放してしまうことも
あるかと思います。
たいてい契約書に書いてあるんですよ。
「他者に迷惑をかけたら出ていってもらいます」ってね。
でも極力、僕はそれをしたくありません。
なぜなら家族は困っています。
それ以上に本人は、
苦しんでいます。
認知症なんだから他者に迷惑をかけるのは
当たり前なのに、
それを盾に追い出すようなことが
本当に良いのか?
本人は苦しいという感覚がわからなくなっても、
結果的に苦しい立場に追い込まれています。
救えるのは僕らしかいません。
もちろん一人への対応のために、
他者が犠牲になっていいとはまったく思いません。
だから一日でも早く、
そんなことをなくせるように
日々工夫をしたり、
家族への理解も求めています。
それが一週間でできることもあれば、
数年がかりになることもあります。
以前も書きましたが、
こうしてブログに書いたら数行。
しかし実際にはそこに僕だけでなく、
スタッフ全員のものすごい苦労が
詰め込まれています。
グループホームが役に立っているのかと
問われれば、
役に立っているとしかこたえられず、
誰か代わりができるならやってみたらいいです。
これはあくまで一人の例であって、
実際にはそういうことを、
何十人と対応してきているのです。
その毎日で、利用者さんを良くできているか、
良くできています。
少なくとも今いる方全員は、
入ったときよりも良い状態にしています。
もちろん良い、悪いの基準なんか
人それぞれでしょうが、
ほとんどの方が笑顔で過ごされています。
寝たきりだった方が寝たきりを卒業し、
歩けなかった方が歩くようになり、
それでも重度な人はまた、
おだやかに最期のときを待っています。
そういう仕事ができていることに、
僕らは胸を張って良いと思えます。