剣の行き着くところ | NobunagAのブログ

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◆剣の行き着くところ◆
 
せっかく前回、剣道ネタを書いたので、
今回もちょっと関連した話。
 
競技としての剣道を考えたときに、
当然選手が抱く目標は相手に勝つこと、
たとえば大きな大会で優勝することだと思う。
 
しかし、本当の強さは相手を打ち負かすことではないはずだ。
 
晩年の宮本武蔵に
勝負を挑もうとした血気盛んな相手が、
ついに斬りかかることすらできなかったという逸話がある。
 
この手の話が実話かどうかというのはこの際おいといて、
つまるところ剣の行き着くところの究極の姿は、
剣を持ちながらも戦わないということ。
 
つまり無刀。
 
戦わずして相手を負かすこと。
 
相手を傷つけず、
さらに勝つということ。
 
またまたこれはあくまで俺の理想とする剣の姿であって、
本来は違うのかもしれないが。
 
力がなくては大事なものを守れないので、
力は絶対に必要。
 
しかれども、力はあえて自ら振るうものでもない。
 
単純に剣、もしくは喧嘩が強いかどうかということはあまり問題じゃなく、
むしろ自身の中にある心の強さがどれだけ育っているか。
 
それが一番大事。
 
自身の心が強ければ、
自然と相手におびえる必要も、
また傷つけることも、傷つけられることもなくなる。
 
日常生活で俺の性格はよくお坊さんみたいだと言われるw
 
なぜかそんだけ落ち着いて見えるらしいが、
むしろあまり他者と関わりたくなくて
やる気がないだけなんだが、
少なくとも周りの人に常々そう感じさせていれば、
争いはさして起こらない。
 
実際はいろんなことにイラつきもするし、
嫁さんや子供とは喧嘩しないが、
この年で自分の親とは喧嘩するので、
ぜんぜん落ち着いてるわけでもない。
 
小学生の頃は通信表によく
「落ち着きがない」
と書かれる子供だった。
今それを言うとみんなビックリする。
 
俺は剣の達人でもなんでもないが、
人生をひとつの剣の道と考えて生きていくと、
たぶんこんなふうになるのではないかと思うし、
もっともっとそういう部分は高められると思う。
 
人と争うのが面倒な俺みたいな人間は、
人を変えるよりは自分の内面を変えたほうが良い。
 
というよりも、
 
人は変えられない。
自分は変えられる。