◆絶対理解できないこと◆
それは虐待。
ニュースで頻繁に子供や、
ヘタすると生後何カ月の乳児への虐待という話を聞くたび、
ウンザリするとともに腹立たしくてたまらない気持ちになる。
罪を犯す人の気持ちは同じ立場に立ってみないとわからないと思う。
実際、介護の仕事をしていて認知症の方の行動に振り回されていると、
高齢者を虐待してしまうご家族の気持ちがちょっとわかる瞬間はある。
(虐待を肯定するのではなく、
それだけの負担は感じるという意味で)
しかし、こと子育てに関しては、
自分が経験してみても虐待する気持ちというのはさっぱりわからない。
泣きやまなくてイライラしてやった、
という理由をよく聞くが、
それもさっぱりわからない。
確かに子供が泣きやまないときは困ったなと思うし、
どうしたのかな?とか、
なんとかしてあげたいな、
楽しい気分にしてあげたいなとはものすごく思うが、
イライラするとか、叩きたくなるなんて気持ちを一度も感じたことはない。
もしかしたらママの場合にはもっと違う感じ方があるかもしれないが、
少なくともパパという立場において子供を叩いて黙らせてやれなんて
思うのはなぜなのか全然、これっぽっちもわからん。
それからよく聞くもう一つの理由が
「自分が親に愛されなかったから愛し方がわからない」
という変な言い訳。
言い訳と言ったらいけないのかもしれないが、
でも言い訳でしょう、それは。
自分がされてイヤだったことは人にしない、
というのは人間として当然のこと。
自分が親にされてイヤだったことは、
自分の子供にしないようにすればいい。
そうしなかったら止まらないじゃん。
その家系は、
じゃあ何世代もずっと虐待を繰り返すことが許されるとでも?
強い意志を持って変えろよ、と思う。
まぁ、そもそも愛するってこと自体、
「愛し方」がわかる、わからないとか、
そういうものじゃないでしょう。
愛というのは自然に湧いてくる感情です。
子供を見たときに、
うわ~かわいいな、
守ってあげたいなと、
誰かに教えられずとも自然に心から生まれる感情です。
そういう意味では異性に対する
あの人かわいいな、
かっこいいな
という気持ちと似てるかもしれません。
そんなもの誰かに習わなくても自然に人が持つ感情でしょう。
子供を作ることはできる、
つまり異性を愛することができるのに、
子供は愛せないとか意味がわかりません。
それとも愛したわけじゃなくて、
たまたまできてしまったのかもしれないが。
気持ちよければいいから適当に作った、
作ったはいいが育てる気はない、
泣いたら叩いて言うこと聞かせればいい、
叩いて死んでしまったら言い訳すればいい。
どんなケモノですか。
っていうか、ケモノのほうが優秀。
普通の動物は赤ちゃんを虐待しない。
人が人生を歩むうえで争いは避けられないし、
人を傷つけることは少なからずある。
でもそれがある意味では社会で許されているのは、
自分も傷つけられる可能性があるからだと思う。
攻撃する自由があるかもしれないが、
反撃される自由もあるってことだ。
だけど一方的に何の反撃も行えないような、
子供や生後数カ月の赤ちゃんを痛めつけるような者は、
もう社会に出ないでほしい。
そういうヤツに限ってたとえ捕まって離婚しても
すぐにまた新しい相手を見つけ子供を作るし、
また虐待するんだから、
もうちょっと根本的に罰則を変えてもらいたい。