なんでだかわかんないんですけど。
私のブログの検索ランキングには、常に魔除けがラインナップされています。
なんで?
只今、魔除けがブームなのでしょうか?
石というものは、そもそも魔除けや厄除け、お守りとして、身につけ始めたのが発端だと思っています。
なので、そういう意味を持った石は、山のようにあります。
モリオン、天眼石、オニキス、マラカイト、スモーキークォーツ、そしてもちろん水晶。
瑪瑙など、日本でも昔から身を守ってくれると信じられ、勾玉などに加工され、身につけたのが卑弥呼の時代。
中国では、子供が生まれると、何か一つ、翡翠を買い与えるという。
その石が、その子を見守ってくれるのだそう。
アメリカインディアンが移動するときには、ターコイズを欠かさないんですって。
無事に目的地にたどり着ける、お守りなのだとか。
天眼石はチベットのお守り。
磨くと目玉に見えるその石は、悪いものを見張ってくれるともいう。
古代エジプトでは、ラピスラズリは聖なる石と呼ばれ、災いをはねのけてくれると信じられてきた。
世界のどの国を見ても、必ずといっていいほど「魔除けの石」が存在し、それは本当に古くから、言い伝えられてきています。
どの国も、その国ならではの石が選ばれてはいますが、それはその石がその国で産出されているから。(たまに違うものもありますが)
今のように、世界各国の石が、手に入るような時代ではありませんから。
地面を掘って出てきた、珍しくも美しい石たちに魅了され、「持つといい事が起こる」と信じた信仰心が、その石をお守りにしたのでしょうね。
その反面、魔除けのパワーの強さは、波動の強さではないかとも思っています。
石はみんな、それぞれ波動を持っているそうで、その波動の強さが、魔除けの強さを意味するのかもしれません。
(残念ながら、私は、その波動を感じることはできないのですが)
でも、自ら持つ石を「強力な魔除け」だと信じる信仰心の前では、どんな石だって、太刀打ちできないような気がします。
だって、その石を魔除けにしたのは、他の何よりも、人々の「信じる心」なのですから。
どの魔除けの石だって、元を正せば、全てはそこから始まっています。
魔除けの石に、こだわらなくってもいいんじゃないでしょうか?
どんな石だって、信じる強い心があれば、魔除けになってくれると思いますよ。
それよりも、自分が惹かれた石が、回りまわって魔除けになってくれると、私は信じているんですけどね。