今日は、全国的に大荒れのお天気だったそうですが、みなさんは無事でしたでしょうか。
今、私のいる金沢も例に漏れず、大荒れのお天気でした。
月曜日まで広島にいたので、気温の差に、驚いてしまいます。
本日、南仏にスケッチ旅行に行っていた母が帰国しました。
南仏にスケッチ旅行なんて言うと、聞こえはいいですが、なんのことはない、絵画教室仲間のおばさん連中同士の、ただの団体旅行です。
それでも、まだフランスに行ったことのない私からすれば、羨ましい限りです。
今日、夕方に帰ってくる予定でしたが、予定時刻を過ぎても帰ってこない。
TVを見ると飛行機や電車も一部止まっているという話だったので、心配で電話をかけてみるも、「只今おかけになった電話は・・・」とのアナウンスが聞こえるのみ。
もしや、気候が悪く、日本に着陸もしてないのでは・・・?
なんて、余計な心配までしてみたりして。
結局、少し遅れたものの、無事に帰宅したので、一安心してました。
ところで、その母がフランスに行っていた際、iPadケースにつけていたストラップが落ちてしまったとのこと。
見ると、いろんな天然石がついたストラップなんですが、見覚えがない。
また、お母さん、私の石のストックから勝手に取り出して、ストラップを作ってつけていたのね。
いーけどね、べつに。
パワーストーンの意味もろくに知らない母ですが、趣味でつくる分には私も目を瞑っています。
自分で好きな石をピックアップして作っているのでしょう。
それはそれで、母のお守りになっているのだと思います。
よく、石は身代わりになると言いますが、実際のところ、一度体験しないと、そういう話はいつまでたっても半信半疑のままです。
幸か不幸か、私のつくるブレスレットは、滅多に切れたりしないので、体感することがなかなかできません。
今回は、母が自分で作ったストラップだったので、作りも甘かったのかもしれません。
久方ぶりの海外旅行で舞い上がって、ストラップが付いてたというそのバッグも、使い方がいつもより雑だったのかもしれません。
そう考えていた時に、頭に一つの可能性を見つけました。
なぜ、ブレスレットは切れたら「身代わりになった」というのか。
ブレスレットでもストラップでも、いつもと同じように使っていれば、切れることなどありません。
(ゴムや金具が劣化している場合を除いて)
でも、今回のように、いつもと違う行動をして、いつもと違う使い方をするとき、それは、注意力が散漫になっている時で、事故や怪我など起こしやすい時です。
他の色々なことに気を取られ、いつも少し位は持っている慎重さが、抜け落ちているのです。
いつもと同じ行動に見えても、すこしばかり大げさになっていたり、
いつもと同じように歩いているつもりでも、少しばかり早足になっていたり。
いつもと同じに脈打っている心臓も、若干乱れ気味になっているかも。
そういう波長の乱れを、石は敏感に察知し、持ち主に教えようとします。
というと、聞こえはいいですが、私の考えは少し違って、いつもと違う行動を取ることにより、いつもと違う場所に何かしらの負荷がかかって、割れたり、切れたり、するのではないかと思うのです。
そして、割れたり、切れたりした石たちを見て、「身代わりになってくれた」と思うことによって、それからの行動に気をつけるようになり、それが本当の「身代わり」の意味となるのではないでしょうか。
これは、パワーストーンというものを、神聖視するのではなく、科学的観点から、現実的に見た場合、こういうことなのではないかという、あくまでも私の推論です。
でも、あながち間違いではないように思うのですが。
反論、お聞きします。