写真 | アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ

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アルビノという個性と共に暮らしています。

日々感じた事、思った事を綴っています♪

先日、兵庫県に住むおじさんおばさんのところへ結婚の報告とお墓参りに行った時にご自宅で、おじさんが写真を出してきてお話をして下さいました。

どの写真もかなり古い色あせた写真ばかりでしたが、写真の状態は保管が良く綺麗に残っていました。

まだ母方の祖母たちが若い時 (60代ですが …)に千葉から送られていた親戚の皆さんの写真があり、その中には母と横浜のおばさんが一緒に写った20代前半の写真や広島のおじさんの工務店時代の法被姿の写真など今は70~80代のおじさんおばさんたちの若い時の写真を見せて下さいました。

この写真は前回の時も前々回の時にも少し見せていただきましたが、今回、初めておじさんのお母さん写真を見せていただきました。

お母さんの写真は義理のお父さんが、いつか本当のお母さんはおじさんを産んで5日目で亡くなっている事を自分で分かった時におじさんに手渡そうと大切に綺麗な紫と金色の柄の台紙に入れられ保管されていたようで、義理のお父さんから渡されてからおじさんが白い紙に「生涯のお守り 母の写真」と書いた紙を入れて保管していました。

そこに写った古い板壁の家の前に白い割烹着姿で佇む黒髪に色白で目鼻立ちの整った綺麗な女性がおじさんの本当のお母さんだと教えていただきました。

母方の祖母の妹さんという事ですが、母方の祖母の若い時(20代頃 )の姿を見たことがないので似ているかは分かりませんが、20代の時の私の母の写真の目元が似ているように思いました。

亡くなられたのが20代との事でしたので、その頃の写真だと思います。

おじさんには、本当のお母さんの記憶は何一つありませんが、この写真が心の支えになっているのだと思います。

その時に母も家から、両親の写真を持ってきていました。

その写真は母が尾張一宮で働いていた時に5年勤続以上の社員を対象に親を招待できる制度を利用して、両親を伊勢神宮参拝旅行に招待した時に母が撮影した写真を持ってきていました。

母曰く「これが最初で最後の親孝行の写真」と言っていました。

その写真を浜坂に持ってきた事で両親を一緒に連れてきたように思ったのだと思います。

おじさんのお母さんの写真と母の両親の写真は、おじさんや母にとって生涯のお御守りなんですね。

震災の時にも多くの皆さんが写真を心の支えとして大切にしていたとお聞きしたことがあります。

今回、私は母とおじさんおばさんの写真を沢山撮影させていただきました。

そして、母に頼まれておじさんのお母さんの写真も撮影させていただきました。
せっかくなので母の両親の写真も撮影させていただきました。

千葉と兵庫で、ずっと離れ離れだった、母とおじさんのお母さんが同じアルバムに仲良く並ぶように思い出アルバムを作りたいと思います。

写真って本当に大切な生涯のお守りにもなるものなのですね。

今はデジタルで、沢山撮影が出来て後にパソコンで簡単に加工もできます。

でも、写真は「真」を写すものですから、これからも一枚の撮影に対する思いを忘れずにいたいと今回の浜坂での経験から思いました。