母が玄関の姿見を見ながら
「ずいぶん白髪が増えたわね~ 染めなくちゃ~」
と言う横に私が登場
「白髪まだまだですな~♪」
と髪を触って母のマネをして、ふたりで笑いましたo(^∇^o)(o^∇^)o
よく「白髪の数だけ苦労を重ねて…」と言いますが、私はずっと親に苦労をかけてきたんだろうって思いました。
昔は「もし、私が生まれなかったら、母もここまで苦労しなくてもすんだろうな…」って思う時もありました。
一般のご家庭では経験する事はないことを沢山経験してきましたからね。
でも、逆にそれを乗り越えてこれたのも、この親だったから乗り換えられたのだと感謝しています。
最近では、これが現世で私たちに与えられた使命なのだと思えるようにもなりました。
小さい頃から母に「勉強ができなくてたって、健康でいてくれたらそれでいい…」と、よく言われました(;^_^A
通知表に「1と2」しかない私の成績を見れば、そう言うしかないと思いますが、ただいつも「人のために何かできる人になりなさい」と言う言葉だけは必ず言われ続けました。
いま活動をさせていただいている、基礎をつくってくれたのは母です。
中学2年のはじめくらいまで、まともに授業も受けられず、中1には週に1度は職員室通い、そんな私がいまは、みなさんから「ありがとう」と感謝される人生を歩ませていただけたのも最後まで私を信じてくれた人たちがいたからだと思います。
小学生4年生の時、今でも忘れる事ができない授業で全員に手紙を書くと言う授業があって、私に送られてきたクラス全員からの手紙は、ほとんどが「授業の邪魔するな迷惑だ!静かにしろ!黙れ!」などなど、とても親に読ませられる内容ではありませんでした。
でも、授業で親にも見せなくてはならず、渋々母に見せたら「そんなに話がしたの?みんなの迷惑にならないように少しは静かにしなさいね」と、もうここまでくると吹っ切れたのか?怒る事もなく笑顔で言われたのを覚えています。
学校から呼び出しされても、もちろん怒られはしましたが、ちゃんと最後は私を信じてくれた事がいまも感謝です。
私の子供の頃は書けば書くほど、お恥ずかしい事ばかり、そんな私がいまこうしていられるのは、白髪が増えた親のおかげだと感謝しています。
私を生んで下さってありがとうございます。
私のために、増えた白髪を見ながら笑う母の笑顔がこれからも、ずっと続きますようにと願いました。
まだまだ活動で全国を飛び回り、生活もキツキツで苦労かけますが、いま私はあなたに言われた「人のために何かできる人」に、ほんの少しでも近付けたかな?
いつまでたっても、親の偉大さは越えられません。
私は、いつも人にために生きてきた、親の背中をこれからも追い続ける事でしょうね。
いつまでこの活動ができるのか、正直言って分かりません。
でも、いま分かることは「いまならできる」です。
その「いまならできる」を積み重ねて、いままでもきましたので、これからもそのやり方で、活動を続けさせていただきます。
いつか、この活動を止めて皆から忘れられても、私は私を知ってもらうために、この活動をやっているのではないので、それはそれでいいと思います。
ただ世の中にアルビノと言う症状をもって産まれ生きている仲間たち、そしてその大切な命と共に暮らすご家族、更に友人として同僚として同級生として恋人として夫婦として、私たちアルビノ当事者と共に暮らす仲間たちがいる事を知っていただけたらそれだけで嬉しく思います。
私の願いは「みんなちがって みんないい」アルビノの子供たちが、ご家族が、仲間たちが笑顔で差別なく当たり前に暮らせる社会が来る事を願います。
「増えた白髪の数だけ幸せが多かった…」と思えるその日のために、いま出来る事を、今日もまた一歩すすみます。
ありがとうございます。