東日本大震災から1年になります。
震災でお亡くなりなられた方々や、いまだ行方不明の方々、そして、いまこの時も被災地で生活をなさっている方々や、避難先や遠い疎開先で不便な生活をされているみなさんがいらっしゃいます。
その全てのみなさんに、心の平安が訪れますようにと祈らせていただきます。
いまだ多くの皆さんが大変な中を生きています。
あの日を境に多くの皆さんの運命が変わりました。
私も工場で地震をうけ、どんどん近隣の工場から炎と煙が上がるのを見て、ただ茫然とするしかありませんでした。
目に見えない無味無臭の化学物質が漂いアレルギー反応が出てしまいました。
あれから1年、私にもみなさんにも、いろんな事があった事と思います。
簡単に1年と言っても、あの日のまま時が止まってしまった方々には、まだあの日ままの時が流れていると思います。
あの日から、家族や友人や出会った全てのみなさん、の事をより強く思うようになりました。
多くの皆さんからご連絡をいただく中で思いやりや絆という言葉の意味を知る事ができました。
実際にボランティアとして被災地に行かれる方々の姿を東京のバスターミナルで沢山見ました。
被災地に行かれる方々の見送りに来られた方々も沢山見ました。
その時「私は何もしなくていいのか?」と自問自答しました。
「どうすればいいのだろう?自分には何ができるのだろう?」って思い続けました。
そこで思い出したのが恩師に言われた言葉「自分に出来る事をする」と言う事を思い出しました。
ボランティアのみなさんが直接、瓦礫の撤去や炊き出しをするように、アーティストさんたちが復興イベントをするように、街で街頭募金を集める方々がいるように、私はここから何かをしようと思いました。
私の働く工場は生活に必要な様々なものを作っています。
その時に思った事が「これから復興する時に私たちの製品が必ず必要になる、だからこそ私はここで一生懸命に働いて、いい製品を届ける事をしよう」それが私に出来る復興支援になるのだと思いました。
そして、いま思うことは、生かされた私たちは、この与えられた命を精一杯に生きることこそが、生きたくても生きられなかった方々への私たちが出来ることではないのかと思います。
いま、当たり前のように過ごしている日常は本当は当たり前なんかではなく、日々のキセキの積み重ねでできている事を知り生きている事に感謝して、生きることを決して諦めないで、生き抜く事こそ私たちに与えられた最大の使命だと思います。
どうか、まずは目の前にいる人を大切に思いましょうね。
そして、家族を大切に思いましょう。
そこから、地域、国、世界と広がって、全ての人たちを大切に思いましょう。