今年、Happy Life Village榛名で3年間がかりで部分的にですが稲作に携わり、田植えから脱穀までの作業を経験させていただきました。
本来は毎日、田んぼに向き合い全て自分でやらなくてはなりませんが、それは難しいので、作業の要所要所を行わせていただき、3年がかりで稲作の流れを体験させていただき、いろんな事が分かってきました。
私の尊敬する法隆寺宮大工棟梁だった、西岡常一さんが高校進学の時に、お父さんは将来は棟梁になるのだからと、設計や建築学を学ぶ事ができる工業高校への進学をすすめました。
お爺さんは、寺院建築は生きた木を扱う尊い仕事だから、まずは植物について、土について学ぶべきと農業高校への進学をすすめました。
戦前のお話なので、お爺さんの意見が通り西岡さんとしては工業高校への進学を希望していましたが、渋々農業高校へ進学しました。
その授業の中で林業や稲作や園芸や土のことなど様々な事を学びました。
そして、卒業してからすぐに大工の修業はさせないで、稲作を西岡さんひとりに任せました。
最初の年は不作で、西岡さんは「どうすれば、沢山お米が収穫できるだろう?」と、田んぼと向き合い、土の事から稲の事まで考えに考えて、翌年には豊作にすることができました。
それから、法隆寺の大工としての本格的な修業になったんですが、法隆寺は木造建築です。
農業高校で学んだこと、そして木は生きものと言う事を稲作などからも学んでいましたので、全ての作業で農業経験が生かされました。
法隆寺の大工の口伝で「木を買わず、山を買え」と言う言葉がありますが、それは木が元々育っていた方角に合わせて建築をする、例えば日陰の多い北側で育った木は北側に、日の当たる南側で育った木は南側に建てる事で、数百年耐える事ができる建物ができるのです。
この話の様に、一見、まったく関係ないと思う事でも、ものの本質を知るには近道はなく、効率だけを求めていたら分からない事があります。
写真でも、今回、榛名で稲作の経験をさせていただき、分かってきた事があります。
それは、撮影させていただく被写体は、全て命を撮影させていただくと言う事です。
撮影をさせていただく時に「撮影者」と「被写体」と言う対局ではなく、同じ「命と命の出会い」だと思いました。
撮影で出会う木々も草花も自然に育まれた命であり、例え人工物であっても、元は地球が育んでできたもの全てに命が宿っているのです。
その写真を撮らせて、いただくのですから、同じ命として向き合い写真を撮らせていただく事に嬉しさと感謝をもってシャッターを切っています。
これからもカメラを学びながら、かけがえのない命を撮らせていただきたいと思います。