昨日の仙崎の街をご案内して下さったのは『ながとボランティアガイド会』会長の金谷さんですm(__)m
観光案内所でいただいた『仙崎まちあるきマップ』を持ってJR仙崎駅からスタートしてみすゞ通りを歩きながら詩の舞台になった場所をご案内下さいましたm(__)m
JR仙崎駅(観光案内所)
↓↓
詩碑 星とたんぽぽ
↓↓
瀬戸崎小学校跡
↓↓
祇園社みすゞの詩
↓↓
仙崎郵便局
↓↓
金子みすゞ記念館
↓↓
馬つなぎ場
↓↓
角の乾物
↓↓
八百屋のお鳩
↓↓
横丁(M20000)
↓↓
普門寺 魚の碑
↓↓
極楽寺 鯨の位牌
↓↓
西覚寺 魚霊の碑
↓↓
遍照寺 みすゞさんのお墓
↓↓
詩碑 こころ
↓↓
詩碑 瀬戸の雨
↓↓
古祇園
↓↓
王子山公園(眺める)
↓↓
青海大橋(眺める)
↓↓
海外引揚上陸跡地
↓↓
弁天島(眺める)
↓↓
弁天大橋(眺める)
↓↓
金子みすゞ記念館
↓↓
JR仙崎駅(観光案内所)
以上を約2時間くらいかけてゆっくりと、金谷さんの子供の頃のお話を交えながら楽しい時間を過ごさせていただきましたm(__)m
仙崎の街を歩きながら金谷さんから教えていただく昔の仙崎の街並みを思い浮かべて、みすゞさんへと思いを馳せていました(*^_^*)
ここ仙崎は昔は捕鯨で栄えた港町だったそうです。
そして、この地域には6つお寺と1つの神社がある、とても信仰の厚い集落で、なんと捕まえてしまった鯨一頭一頭に戒名つけて、ちゃんと鯨のお墓で供養していたそうです。
そういう厚い信仰心があった街とまわりに広がる大自然があったからこそみすゞさんの様な純粋な心が養われたのではないかと思いました(*^_^*)
そして、今回初めて知ったのは戦争の跡が残っていた事です。
案内の中に横丁には当時の写真があり外国引揚跡地では碑が立っていました。
中国大陸や朝鮮半島にいた日本人約40万人が、ここ仙崎に引揚、そして日本にいた朝鮮の方々約30万人が、ここ仙崎から朝鮮半島へと帰っていかれた様です。
みすゞさんに会いに来てこういう歴史に触れられた事で戦争のもたらした悲劇を二度と繰り返してはならないと改めて思いました。
いまも世界中で行われている紛争やテロ、そんな事では何も解決しない事にいち早く気がついてほしいと思い祈られずにはいられませんでしたm(__)m
