作家の藤岡陽子さんの歩んできた人生は、すべて小説に通じることばかりだ。ご自身が小説の主人公になりそうだ。
スポーツ新聞の記者、タンザニア留学、一念発起しての看護師歴20年、2人の子の母、そして妻…
1971年、京都市生まれ。
作家として、デビューに至るまでの道のりは、平坦ではなかった。同志社大学卒業後、文章を書く仕事をしたいとスポーツ報知に記者として就職するが、どこかで「自分は全力で生きていないのでは」と感じていた。
プロの世界で並々ならぬ努力を続けるスポーツ選手を取材してきたことも、思いに拍車をかけた。
全てをリセットすべく、仕事を辞めた。
そして、タンザニア・ダルエスサラーム大学に1年留学してスワヒリ語を学ぶ。
帰国後、大阪文学学校で小説の書き方を学び、コンクールに応募するも、落選が続く。
そんな中、結婚したが、夫に経済的に依存してしまうことに不安を感じ、転勤などがあっても困らないよう、「手に職を」と看護師の資格をとる。
宮本輝の大大ファンだ。
子どもの頃から本が好きで、頻繁に図書室に通っていたが、どうしてか高校生まで宮本作品を一度も読んだことがなかった。
同級生のお母さんに勧められて『青が散る』の文庫本を読んだ。
どこにでもいそうな男子学生が、4年間という限られた時間をただ「生きる」物語だ。この物語を読み終えた時、涙が止まらなかった。すごく悲しい結末だったわけでも、主人公が大成功したわけでもないのに、とてつもなく感動したのだ。
それはきっと燎平がいくつもの試練を乗りこえ、恋をしたり、仲間に助けられたりして過ごした4年間を、同じ気持ちで一緒に生きていたからだと思う。『青が散る』は、人が普通に生きることのすごさ、尊さを教えてくれた小説だった。
宮本さんの物語には、自分自身が取り込まれていくものがあった。どこか満たされないものを抱えた主人公は私そのもので、活字を目で追っているだけなのに、いつしか心は主人公と同じ時間を生きている。そんな読書体験はそれまでしたことがなくて、物語に救われるという経験をしたのも初めてだった。いつかそんな
小説が書けたらとも思った。
だが、34歳で看護師免許を取り、長女を育てながら新人ナースとしてオペ室で働き始め、執筆どころではなかった。
そんな多忙を極めていたある日、『北日本文学賞 作品募集 審査委員 宮本輝氏』と憧れの作家の名を見つけた。
宮本さんに会いたい一心で、私は数年ぶりに小説を書いた。
そして応募作品が、北日本文学賞に選ばれた。世界でいちばん好きな作家に会うことが叶ったのだ。
どきどきしながら宮本さんに「努力で作家になれますか」と尋ねると、「君は天才ではないかもしれないが、才能はある」と言われた。
その言葉に背中を押されながら、看護学校を舞台に友情や恋愛、学生たちの夢と希望を描いた『いつまでも白い羽根』で、2009年、ようやく作家デビューを果たした。
それ以降、『トライアウト』『波風』『おしょりん』『満天のゴール』など、順調に作品を発表。これまで体験してことが、文筆に役立っている。
そして、今年、『リラの花咲くけものみち』で、第45回吉川英治文学新人賞を受賞した。
藤岡陽子さんの3つの縁を聴く、シャナナTV『縁たびゅう』。
配信は、10月7日(月)からの週と21日(月)の週に予定。
11:30~と20:30~の毎日2回配信。
ほどなく、YouTubeで、いつでもどこでも見られる。