北鎌倉・浄智寺。重陽の節句の日。満月前夜。
苔むした石橋を渡り、杉林に囲まれた参道の石段を上がる。
すり減った石が古刹のたたずまいを感じさせる。
鎌倉五山の中でも往時をしのばせる色合いが濃い。
茅葺きの客殿が、このたびの会場だ。
庭からは、夏を惜しむかのような蝉の声と秋の訪れを奏でる虫すだく音色が交差する。坂田明さんのサックスと絶好のコラボ相手だ。
この夜も、坂田明は、吠えた。
サックスで、ことばで。
意味不明のことばを羅列して語り演奏する「役立たず」。
サックスと坂田明さんのことばが、完全に溶け合っている。
演奏なのか音声なのか区別がない。
ナンセンスに意味はない。だが人を傷つけるものではない。
発する声や音に本氣の魂がのっているかどうかが大事。
谷川俊太郎さんの「死んだ男の残したものは」。
坂田さんの十八番の一つだ。
1965年、ベトナム戦争のさなか、「ベトナムの平和を願う市民の集会」のために作られた。谷川俊太郎作詞、武満徹作曲。
谷川さんに作曲を依頼された武満さんは、たった1日で曲を完成させたという。
死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった
ここで、坂田さんの声に、いちだんと力が込められたような気がした。
そして、ラストは「ひまわり」。
それまで吠えていた坂田明のサックスがむせび泣く。
目を閉じて聞いている人が多かった。
ウクライナのひまわり畑を目に浮かべていたのかもしれない。
坂田さんは昭和20年生まれの77歳。
渡辺貞夫さんに憧れて上京した。
そのナベサダは89歳で元気はつらつ。
負けていられない。引退は死んだとき。100歳までは頑張ると宣言。
惜しみない拍手が送られた。
終演後、浄智寺の上空を見上げたら、ほぼまあるい月が見えた。
月は、やさしく地上のボクたちを照らしてくれていた。
(ナミの鎌倉ナビにも出演 鎌倉エフエムで10月5日放送予定)