胡乱(うろん)とは、確かでなく、怪しいこと。胡散臭いこと。
「うろんな客」とは誰か…。
珍奇な絵本だ。シュールな絵本だ。
作者のエドワード・ゴーリーは、アメリカの絵本作家。
絵本という体裁を取りながら、道徳や倫理観を冷徹に見通したナンセンスな、不条理に満ちた世界観がある。韻を踏んだ言語で表現する文体もユニーク。そこにごく細い線で描かれたモノクロームの質感のイラストにおける高い芸術性が、「大人のための絵本」として世界各国で支持を集めている。
『うろんな客』は、とある家庭に見たこともない奇妙な生物が入り込み、食事の輪に加わったり、家の中を歩き回ったり、様々ないたずらをしたり、わけのわからない行動を繰り返しつつ、17年以上も家に居つくという物語。
家族の中に入り込み、迷惑な行動を数多く繰り返しながらも家族はそれを追いだそうとはしない、この謎の生物の正体について、最後の1文に「…というような奴がやって来たのが十七年前のことで、今日に至ってもいっこうにいなくなる気配はないのです」とある。
この一文に、うろんな客の正体のヒントがある。
ゴーリーの書く原文は、シンプルな韻文の様式をとっている。
この独特の言い回しの日本語訳をした柴田元幸さんは、極めてシュールな作品の特徴に通じるものとして、短歌を採用した。
「風強く 客もなきはず 冬の夜 ベルは鳴れども 人影皆無」
「ふと見れば 壺の上にぞ 何か立つ 珍奇な姿に 一家仰天」
「出し抜けに 飛び降り廊下に 走りいで 壁に鼻つけ 直立不動」
「夜明くれば 朝餉の席に加わりて パンに皿まで 牛飲馬食」
このいささか大時代風の表現を朗々と声に出して読むと、ゴーリーの不思議な世界に分け入ることが出来るような気がする。
短歌の最後は、すべて四文字熟語。これまた弁士になったような気分にさせられる。そしてまた、うろんな気分にもなるのである。