児童文学に偉大な足跡を残した那須正幹さんを偲ぶ会が
東京會舘で開かれた(14日)。
那須さんは、いつも笑っていた。
屈託のない笑顔だった。
しんみりしたり、型にはまったりするのは、那須さんの好みではないと思い、「明るく偲ぶ会」にしようという気持ちで司会を務めた。
会場には、交流のあった作家や編集者など100人あまりが集った。
祭壇は、「ズッコケ三人組」の第一巻のカラー黄色をイメージした。
明るい色の花が飾られている。
ズッコケの3人、ハチベエ、ハカセ、モーちゃん、お江戸の百太郎、めいたんていサムくんが、お花畑で遊んでいるように居並ぶ。
会場に、那須さんの声が流れた。
2004年12月1日放送のNHKラジオの録音。当時、ボクの担当していた番組にゲスト出演してもらったときの声だ。折りしも、ズッコケ三人組第50巻発売前日の放送だった。
「自分でも、なんでこんなに受けたのかわからない。主人公の年が変わらなかったのがよかったのかな」
「本の嫌いな子どもを夢中にさせる物語を書きたいと思ってきた」
最初のページから最後のページまで、ワクワクドキドキしながら一心不乱に読み耽る姿を思い浮かべながら…。
「勤勉だから、これだけたくさん書いてこられた」
まるでサラリーマンのように9時から5時、原稿用紙10枚をノルマにコツコツと…。
ポプラ社の元編集者、井澤みよ子さん(ズッコケ第2巻から50巻までを担当)は、「締め切りは必ず守り、原稿は直すところがない。編集者にも優しい。膨大なファンレターにも返事を書く。非の打ち所がない作家」と絶賛。
俳優の原田大二郎さんは、「まーさん、大ちゃん」と呼び合う大親友。
「饒舌なまーさんの話をもっと聴きたかったな。誠実で温かいまーさんの笑顔が見られない」と、時々、言葉に詰まりながら語った。
多作にして駄作なしと言われる那須作品は、230作を超える。
中でもズッコケシリーズは累計2500万部。
那須さんは、遺言で、世に送り出した作品のすべての著作権を、
日本児童文学者協会に委託した。極めて異例なことだ。
遺言書には「死後の印税は、個人より児童文学全体のために使うべきだと考えた」とある。その申し出を重く受け止めた日本児童文学者協会理事長の藤田のぼるさんは、「遺言書は、みなさん、ほんとうにありがとうで結ばれていた」と涙ながらに語る。
献花の時のBGMは、長男の真悟さんが選んだ。
ビージーズやエルビスプレスリーの曲、「スタンドバイミー」など、
那須さんが好んで聞いた曲ばかり。
告別式で流れるような荘厳荘重な曲ではなく、那須さんらしい音楽を聞きながらの献花となった。
那須ファミリー 右手が美佐子夫人
左手 ズッコケファンクラブ会長 飯塚宣明さん
右手 20歳の大学2年生 梅田明日佳さん
ズッコケは、世代を超えて読みつがれている。
ファンクラブ会員は、45000人を超える。
(当日、配布された『那須正幹の大研究』パイロット版)
那須さん、最高の笑顔だ!