峠~最後のサムライ | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

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元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

中学生から高校生にかけて、司馬遼太郎作品を読み耽っていた。

『峠』もその一つ。越後長岡藩に河井継之助という気骨のあるサムライがいたことは、その時しっかりと刻み込まれた。

司馬さんは、『峠』のあとがきで、こう書いている。

「人はどう行動すれば美しいか。人はどう思考し行動すれば公益のためになるか。この2つが、幕末人を作り出している。類型のない美的人間、人間の芸術品の典型が、越後長岡藩の家老、河井継之助だ」

その河井継之助を、これまた時代劇俳優の至宝ともいえる役所広司が演じ、映画化された。役所さんのたたずまい、ふるまい、ことばの選び方、それらすべて人間の芸術品だった。

 

映画の撮影は、もう4年ほど前のこと。コロナ禍で、公開が延び延びになっていた。結果、この映画の持つメッセージをすごくリアルに考えさせられる時期の上映になった。

時は幕末。徳川幕府は終焉を迎え、諸藩は東軍と西軍に二分していく。慶応4(1868)年、戊辰戦争が勃発。

越後の小藩、長岡藩の家老・河井継之助(役所)は、戦争を避けようと武装中立を目指す。だが、交渉は土佐藩士・岩村精一郎(吉岡秀隆)との間で決裂。継之助は徳川譜代の大名としての義を貫き、西軍5万人にたった690人で挑むことになる。 

いま流行のCGはほとんど使われていないから、臨場感がある。

準備が丁寧で、時間をかける。衣装合わせも何回も行い、監督に違和感があるたびに話し合って調整する。

河井の妻おすが役の松たか子さんは「これだけ大掛かりな時代劇でありながら、それぞれのシーンで『すべての準備が完璧に整っている』と感じました。しかも、完璧なのに窮屈ではない」と語っている。

 

映画は、類いまれなリーダーとして指揮を執る継之助の姿を描く。

一方、妻・おすがとの情愛も丁寧に描かれ、内なる顔をも浮かび上がらせる。 戦を前に死を覚悟する継之助は、おすがと芸者遊びをする。その帰り道、おすがの手を取る。時代が時代だけにドキッとさせられる。

シナリオにはなかったが、役所さんが監督に提案したそうだ。

「継之助は侍を通した人ですが、侍の世の中が終わるということもわかっている。そういう人ですから、おすがとの最後のデートになるかもしれないと手をつなぎたいと思ったのではないでしょうか」と役所さん。

松さんは、「私は手を取っていただいた時、おすがはいま、多分、世界一幸せだなと思いました。手を取るというただ一つの行為で、私は継之助さんという人がとても軽快な方だと感じました。あのシーンで私はおすがに飛び込めたような気がします」と語る。

 

司馬作品の中の河井継之助のことばが、胸に響く。映画でもほぼ同じセリフがあった。

「この大変動期にあたり、人間なる者がことごとく薩長の勝利者におもねり、打算に走り、あらそって新時代の側につき、旧恩をわすれ、男子の道をわすれ、言うべきことを言わなかったならば、後世はどうなるのであろう」。

「人間とはなにか、ということを、時勢に驕った官軍どもに知らしめてやらねばならない。驕りたかぶったあげく、相手を虫けらのように思うに至っている官軍や新政府軍の連中に、いじめぬかれた虫けらというものが、どのような性根をもち、どのような力を発揮するものかをとくと思い知らしめてやらねばならない。長岡藩の全藩士が死んでも人間の世というものはつづいてゆく。その人間の世の中に対し、人間というものはどういうものかということを知らしめてやらねばならない」