染織史家の吉岡幸雄さんは、失われゆく古き日本の美しさを
呼び覚ますことを、瀬戸際に立つ思いで訴えてきた。
吉岡さんの著書『千年の色』を読み返し、
その遺志を受け継いでいかねばと、心新たにした。
「衣食住」は、人が日常を生きていく上で、欠かすことの出来ない
基本の最も大切な3要素だ。
だが、昨今この「衣食住」がないがしろにされているようだと
吉岡さんは憂える。
衣は、ファッション。食は、グルメ。住は、ライフステージ。
カタカナに置き換わり、空騒ぎになり、とりとめがない。
きちんと装い、清々しく住まい、美味しいものを食べることに気を配らないと、人間はダメになってしまう。
晴れ着とふだん着が混在し、服の色彩に季節感がなくなり、
着こなしもだらしなくなっている。
「よそゆきの服」という感覚が消えている。
昔は、生地やデザインを選び、自分で見立てをしていた。
注文主にも見識が問われた。
四里四方で出来た農作物をいただいていた。
お菓子も手作り。季節感もそこから感じていた。
ご飯は竈で炊いた。煮物、漬物は祖母や母の味。
子どもの頃から、吟味した煎茶を飲んでいた。
建売住宅も既製服と同じ。造り手と買い手の関係性は皆無。
昔は家が完成してからも、頻繁に大工や左官が出入りし修繕をしたものだ。少しやりのこしがあったほうが、住み慣れた頃、手を入れて暮らしやすくするという感覚があった。
自然素材の囲まれた建築現場には、木や土の香りに溢れていた。
先へ先へと急ぐペースを抑え、
日本人の伝統や習慣を見直す必要があると訴えたこの本が出たのが、ちょうど10年前。吉岡さんの心配をよそに「衣食住」の乱れは、
ますます顕著だ。
泉下の吉岡さんを憂えさせないようにしなければならない。