村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

2月1日の「ごきげんラジオ」は土居裕子さんと。

この日のお便りテーマは「自分へのご褒美」。

裕子さんは、「買い物」

洋服だけでなく、料理を盛るお皿。

ボクは、「食べること」かな。

エンゲル係数は、昔から高いので。

 

●品物でなく、地球上にいる間に、目に美しい景色を入れ、

耳に胸躍る音楽を入れる。

●夫婦で晩酌。夫は缶酎ハイ、妻は缶ビール。

●金のブレスレット。

●接骨院でのマッサージ

●病院で受信後の美味しいランチ

●文鳥にあげるスイートコーン

●横田老師のイス坐禅会

●江ノ電で湘南に

●宝塚歌劇 一つの公演を何度も観ている間はもちろん、思い出す時間。すべてがご褒美。

●アナログレコード。

 

●一人ソフトクリーム。

●ピンク色の洋服(勝負服)

●バラの花を買う。

●山登りして山頂で飲む珈琲。

●螺鈿入りのギター。

●流行のロングコート。きょう初めて着る。

●見知らぬ土地への旅。

●温泉旅。

●鎌倉への旅。

●通勤電車内での読書。

●大きなスクリーンで観る映画。

●自分の誕生日に聴くごきげんラジオ。

●あらかじめ「これ!」というご褒美30個くらい用意して、その日の気分で決める。ここのシャンパン、ここのケーキ、この映画、この人のマッサージ…。

●村上さんのことば磨き塾。

 

お便りを読んでいると、ごきげんになってくる。

 

この放送は、2月8日10:00~

鎌倉FMでアンコール放送。

神さまは、どうして同じ人に、これでもかこれでもかと試練を与え給うのか。

 

野間まりさんの人生は、「壮絶」極まりない。

生死に関わる出来事は、出生時から始まっていた。生まれた時、産声をあげなかった。看護師に逆さまにされお尻を叩かれ、やっと泣いて呼吸したという。

幼稚園の頃、海で溺れかけた。

小学1年生の登校中に、ラッシュの山手線ホームの間に落ちた。遠くにいた見知らぬおばさんが、駆け寄って引きずりあげてくれたお陰で九死に一生を得た。

小学校3年生、新聞一面に登校時の写真が掲載されたことから、やっかみでいじめを受けた。「辛いから死にたい」と思った。

その後も、いろんな出来事が降りかかった。

 

結婚し、2007年双子を出産した。

幸せに浸っていたのも、つかの間。

夫がサイコパス・モラハラ気質を発揮しはじめた。

双子の育児・家事・総合商社でのフルタイム勤務で、心身ともに追い込まれ、次から次に病魔に襲われる。

心配停止2回。救急車で運ばれたこと13回。三途の川を2回見学した。病名がついたものだけで20を超える。
2021年には、乳がんの告知を受けた。

局所塞栓術手術という特殊な抗がん剤治療を受け、がんは寛解。

しかし、長年の薬漬け生活で、副作用に苦しんだ。吉野俊明先生のクリニックに通い、生活習慣の重要性を知り、体力の回復を目指す。

2022年にがんが再発した。転移も広い範囲に及びステージ4と診断された。だが、手術や放射線治療や抗がん剤治療を受けずに、食事や生活習慣の改善と心のありようで、ステージ1に変えた。自分が生きていることの意味と、生かされていることの意味や理由を探究し、ガンや病気の源が精神からくると悟った。

「死」への固定観念から解放されたことで、生きるのが、ようやく楽になった。

 

まだ、試練が待ち受けていた。

去年11月、自転車に追突され、頭部を強打した。

脳震盪を起こし、いまも眩暈が収まらない。

しかしながら、頭部の骨が一番薄いことろを強打したにも関わらず、骨折もなく、脳の損傷や、全身どこも骨折がないという奇跡的な状態だった。
「今回の有難い事故は、ケルトの女神・サブリナが起こしてくれた」との友人から言われた。「折角、ガンを治してやったのに、何を間違えた方向に向かっているのだ!」と怒りを買っているというのだ。エネルギーが強い人には、強いエネルギーをぶつけないと、道を修正できないとも言われた。

 

これでもかこれでもかと与えられる試練に、メンタルが地を這っていた時期もある。

このところ、「ただ生きていこう」と思えるようになった。

ただ座して死は待たない。

100%出来る限りのことはする。「みっともないくらい抗って、必死に生きたい」と思う。

神さまが書いた人生脚本を生きながら、「何者にかなろうとせず、ただ生きていることが大切なのだ」と切実に思う。

生きていることは、限りなく尊い。

 

野間まりさんの3つの縁を聴く、シャナナTV『縁たびゅう』。

配信は、3月2日(月)からの週と16日(月)の週に予定。

11:30~と20:30~の毎日2回配信。

ほどなく、YouTubeで、いつでもどこでも見られる。

24時間常時放送のインターネットテレビ局 - シャナナTV (shanana.t

 

 

 

 

  

彼女は、自己紹介で「ライバー」と言った。

リアルタイムの動画ライブ配信をする人をライバーというらしい。時間や場所を選ばず、いわゆるゲリラ配信をしている。

あるときは山頂、あるときは川原、あるときは自宅から。

 

酒井尚子さんは、1965年兵庫県加古川市生まれ。

身動きが軽いから、還暦と聞いて驚く。

本業はナース。登山好きのクライマーでもある。

 

生まれは、兵庫県加古川市。

小学校時代は器楽部。

中学校、高校時代はダンス部に所属。いまでも踊っている。

地元の看護学校を卒業後、看護師として働いてきた。

 

1992年結婚し、丹波篠山市で暮らすようになった。

1994年、長男が誕生した。

ここまでは順風満帆だった。

だが、長男が2歳のとき、夫が鬱病になる。

しだいに病状は悪化していく。

看護師に復帰し、家庭を支えていくが、

2020年1月、夫は自死してしまう。

 

悲しみも癒えないその年の11月、登山ガイドの加藤晴之さんと出会い、山登りを始めた。

これまで、17都道府県、123座に登った。近くにある高城山(標高462m)には、週に1〜2回トレーニング兼ねて登っている。

去年8月は富士山、そのほかにも立山、白山、石鎚山、大山、浅間山、八ヶ岳など標高の高い山にもチャレンジしている。

いまでは、メンタルが不調な人の話をお聞きしながら歩くセッション登山もしている。身体の状態に不安がある人のサポート登山活動もしている。

 

そうして、2022年1月からライブ配信活動を始めた。

ライブで見知らぬ人と繋がる。同じ時間や同じ想いを共有する

魅力にハマっていった。

ライブで繋がった人と、リアルで対面をすることもある。

夫を亡くしてから、いろんな人に支えられてきた。

感謝の気持ちが湧き上がってきた。

自分で頑張って生きてきたと思っていたが、たくさんの人の支えがあって今の自分がいる。それは当たり前ではなく、有難いこと

だと気づいた。

時間は有限。自分らしく輝いて生きることの大切さをこれからもライブで伝え続けたいと思っている。

 

 酒井さんが大切にしているのは、ナイチンゲールの言葉。

「天使とは美しい花をまき散らすの者ではなく苦悩するもののために戦うものである」

 

ウクレレ演奏も始めた。音楽会にも出演している。

この日も、スタジオで生演奏。

酒井さんのインタビューは2月3日10日

805たんばで20時から。

その週の土日10時からアンコール放送。

鎌倉FMでは、その週の木曜日13:30~放送。