村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

松元ヒロさんとの対談を聴いての感想。

●音読が大事。音にした言葉が身体の中に入る。

●言葉は目で見ただけでは伝わらない。声に出すことで心を震わせ、他の人に感動を伝えられる。

●日本語のたたずまいを感じた。言葉の力が心から伝わるイベントでした。

●村上さんが言われていた、すぐ「!」を打たず、いろんな意見を聴いて「?」を感じてから、「!」を打つようにしたい。

●笑いの中に、本当に大切なことを表現されていると思った。

●憲法を読んで、こんなに感動するとは思わなかった。

●現実を理想に近づける。

●大切なことは、ユーモアをもって伝えると、心にジワジワ入ってくると感じた。

●すべてよかったが、永麻里さんの言葉がすごくよかった。

●何回もヒロさんのステージ見ているが、きょうは一段とよかった。

●12回全て出席しているが、今までで一番よかった。

●全員で「前文」を朗読したのが心に響いた。

●私も「前文」暗記して音読したい。

●「変だと思いませんか?」と言い続ける

●初めて憲法に触れた気がする。

●村上さん、永六輔さんの言葉を聞かせてくれて有難う。

●村上さん、元NHKということで保守的な方と思っていたが、柔軟な考えの方で安心した。

●村上さんから言葉の種をもらえました。私の心の中で種を蒔いて芽を出させ収穫を喜び、新たな種が出来たら、それを蒔いていきたい。

 

永麻里さんが、父・六輔さんの想いのバトンを繋ぐ文章を、

もう一つ紹介した。

 

父の場合は、子供の頃の戦争体験から

「世の中はいつまたおかしな方向に行ってしまうかわからない」

という危機感が強かったように思います。

社会で起きる様々な出来事に常に敏感に反応する人でした。

世の中には「これは変じゃないか」と思うことがあります。

ところが、その変がいつの間にか当たり前になっている場合があってドキンとします。

「変だと思いませんか?」はその流れに逆らうことなのです。

「ちょっと待ってください!」と叫ぶことも必要になってきます。そして、今に「変だと思いませんか?」と言えた時代を懐かしむなんてことにならないように、いつまでも言い続けたいものです。「変だと思いませんか?」と。

 

これはいかにも六輔らしい言葉で、

実際にこの通りに発言し続けていた人生でした。

でも、私から見るとこれはなかなか勇気のいることで

簡単ではないなあ、と思ってしまいます。

 

今の時代はSNSで誰もが自由に発言できます。

父はSNSからはあえて距離を置いていましたが、

マスメディアを使わなくても、有名無名を問わず

誰でも世界に向けて発言できるようになったのはいいことだ、

と言っていました。

 

私はTwitterを少しだけ利用していますが

多くの人たちの発言を目にして勉強になることもあれば

楽しい気分になることもある一方で、

自らの意見を呟いた人に対する攻撃的な反応を目にすると、

それが自分に向けられたものでなくても

なんともイヤな気持ちになります。

結果、発言すること自体も恐くなってしまう。

そういう人は多いのではないでしょうか。

 

こんな時に必ず思い出すのが

父が感銘を受けてよく引用していた

フランスの哲学者・文学者、ヴォルテールの高潔な姿勢。

「私はあなたの意見には反対だが、  あなたがその意見を主張する権利は  命をかけて守る」

 

これが共通認識になっていたら、

世界はどんなにか建設的で平和になるでしょう。

これに通じる父の文章で「変」について、もうひとつ。

変だと思うことは人それぞれである。 僕が変だと思ったからと言って、誰もが変だと思うわけではない。 変だと思うことが変な場合だってある。 みんなで変なことを変だと言えることが民主主義なのだ。 世の中にある小さな変でも大きな変でも、 見つけるだけは見つけておきたい。

 

「見つけるだけは見つけておく」 これは私にもできますから、まずはここからです。

そして今日は、言ってみます。

「日本も昔やってしまった愚行ですが、

 よその国に武力をもって侵攻するなんて

 絶対に変だと思います。」

 

永さんの言う通りだと思う。

「変」だと思う気持ちを持つこと、「変」だと思ったら声をあげること、異なる意見にも聞く耳を持つこと。

深く納得共感した。

 

この日の締めくくりは、ボクとヒロさんが交互に「憲法前文」を朗読し、会場の皆さんにも唱和していただいた。

まさに会場が一体になった気がした。

「憲法くん」も喜んでくれた気がした。

永さんの高らかな声も聞こえた気がした。

 

 

次回ゲストの高田敏江さんが来てくださった

 

 

 

 

 

 

12回目を迎えた世田谷うめとぴあでの対談型「ことば磨き塾」。今回は、スタンダップコメディアンの松元ヒロさんを迎えて、「憲法のことば」をテーマに語り合った。

 

1947年5月3日、日本国憲法が施行されて79年。

日本国憲法を一言で表すなら、国民から権力者への命令書だといえる。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つの理念、 103の条文を守りなさいと国民が時の権力者に命令しているのだ。

99条には、「天皇、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官、公務員は、この憲法を守らなければならない」とある。ここに国民という文言は入っていない。

日本国憲法は、アメリカの押し付けという人もいるが、さにあらず。3つの理念は、イギリスの名誉革命と権利章典、アメリカの独立宣言と合衆国憲法、フランス人権宣言へ至る歴史を経て、2回の世界大戦の果てにたどりついた集大成といえる。

その憲法の精神をまとめたのが憲法前文。

 

ヒロさんは、1997年から、ひとり芝居仕立てで「憲法くん」を演じてきた。ヒロさんは、前文を諳んじている。前文は音読すると、韻を踏んだような美しい響きが感じられる。声に出すことで身体に沁み込む感覚がある。

戦争を二度と起こしてはならないというのが理想と言うなら、

現実を理想に近づけたらいいのだ。

だが、平和を希求する憲法くんがリストラされるかもしれないとへんな噂がある。

だから、ヒロさんの熱弁にもさらに気合が入る。

井上ひさしさんも、立川談志さんも、永六輔さんも絶賛した。

 

永さんの次女、麻里さん(元フジテレビアナウンサー)が父から伝えらえたことを書いている文章がある。

父は小学校時代をまるまる戦時下で過ごした世代です。 戦後新しく日本国憲法が発布された時、そのなかで 日本はもう二度と戦争はしないと明言されていることが 心から嬉しかったと言っていました。 

「戦争の放棄」を掲げる第9条は、 戦争でボロボロになった日本人に 深い安堵と明るい未来を感じさせてくれたに違いありません。 

六輔はその昔、まだ30代の頃に深夜放送のラジオで、 「日本国憲法」の全文を読み上げたことがあります。 3時間30分かかったそうです。 

法律の勉強でもしない限り、普通はなかなか 憲法を読むことはしないでしょう。 私もちゃんと読んだことはないまま生きてきてしまいました。 でも、「日本国憲法 前文」だけ読むのはお勧めです。 父が「9条をよろしく」と言い遺した 芸人の松元ヒロさんがライブステージで演じる「憲法くん」という演目では、 ヒロさんがこの前文を朗々と暗唱するのですが、 その一語一句を聴くと感動します。

 

憲法に関しての《ろくすけごろく》 。

ぼくは「憲法9条を守ろう」と言っていますが、根本的には、 第99条を守ればいいんです。  「第九十九条、天皇または摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の 公務員は。この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」 これが守られれば、憲法そのものが守られるわけです。 ところが、義務を負っている側の国務大臣が改憲云々と言っている。 国会議員もそうです。 この条文にある人たちのなかで、実際に憲法を尊重し擁護しておられるのは まちがいなく天皇です。 だから、ぼくは今の天皇陛下を尊敬します。

(※この発言当時は平成) 六輔は若い頃の言動から、反皇室のイメージを持たれがちでしたが 実際には、特に晩年は上記のように言っていました。 

「憲法改正」というと 第9条ばかりクローズアップされがちです。メディアが行う世論調査で 「憲法改正に賛成ですか、反対ですか」という質問があると そんな大雑把な訊き方じゃだめでしょといつも思うのです。 世の中にはいろいろな意見があるでしょう。 ただ、父は、戦争を 知っている世代の人間として 戦時下で辛い子ども時代を過ごした経験者として 「戦争だけは絶対にだめ」という単純明快な思いで 憲法9条は変えてはいけない、と訴え続けていました。 

今、あらためて「戦争は嫌だ」という思いを伝えていかないと どこかでこの国を戦争ができる国に変えてもいいというような雰囲気が 流れはじめていて、それはとても怖いと思います。 本当に戦争に関わるのはよそう 戦争を手伝うのもよそう どこかの戦争を支持するのもよそう とにかく戦争はいけないんだと、それだけを言い続けていきたい。 私にとって、これは父からの伝言のひとつです。

 

ヒロさんとボクにとって永六輔さんは大恩人。

この文章を読みながら、永さんの想いは、麻里さんにきちんとバトンが渡されていると嬉しくなった。

ボクたちの対談にスペシャルゲストとして永さんが参加してくれたような気になった。

 

夏目漱石が小説「坊っちゃん」の執筆を通して、漱石自身を見つめ直す姿を描く、音楽座ミュージカルのオリジナル作品。

1992年に初演され、紀伊國屋演劇賞団体賞、読売演劇大賞優秀作品賞などを受賞した作品が、東宝の制作でよみがえった。

 

物語は、漱石(井上芳雄)が自宅でダラリと寝転んでいる日常のシーンから幕を開ける。

小説家として独立したい思いがありながらも、安定した教師生活を捨てる踏ん切りがつかず、モヤモヤとしている漱石。

せわしなく支度をする妻・鏡子(土居裕子)に対し、目覚めた漱石はいきなり「ハゲがある」と暴言を吐くがが、鏡子はそれをさらりと受け流し、どこかおかしみのある夫婦の日常が伝わってくる。土居さんでなければ出せない空気感。

 

舞台は、執筆に励む漱石の現実と、彼が執筆する小説「坊ちゃん」の世界が呼応しながら進んでいく。

舞台の上手・下手の使い分けで執筆中の漱石と小説世界を同時に見せたり、襖やセットの開閉によって異なる世界を瞬時に出現させたりと、2つの世界が巧みに展開されていく。

坊っちゃんが愛媛・松山に赴任し、個性豊かな教師仲間たちに心の中であだ名を付けていく場面では、坊っちゃん心の声を、机に向かう漱石が代弁する。

また、漱石が苛立ちのあまり原稿をグシャグシャに丸めると、小説世界の住人たちがその原稿用紙のようにジタバタと身体を折りたたみ、「早く広げて!」と訴えかけるシーンも印象的だ。

作家の思考と創作世界が直接つながる面白さが、視覚的にも表現されていた。

 

井上芳雄さんが演じる漱石は、神経質に怒鳴り散らしていても、どこか拗ねたような愛嬌があり、威張っていても嫌味のない朗らかさがある。

我らが土居裕子さんは、夫の理不尽な振る舞いも笑い飛ばしていなすコミカルな立ち回りが光る。いつも明るく漱石を支え、後半には迷える彼に対し「あなたの思うままに生きてほしい」と真っすぐに寄り添う姿は、あたたかく漱石の闇を照らしていた。

土居さんは「30年前と同じ役を厚かましくもやらせていただき、感慨で胸がいっぱいです。漱石先生も観劇に来られたという明治座に立てることもありがたいです。井上さんは、怒鳴った姿もセクシーです(笑)。鏡子はいつも明るく笑っている女性なので、漱石との会話の間にオレンジ、ピンクなどいろんな空気の“色”を出していけたら」と語っている。

ファンクラブに寄せた土居裕子さんのメッセージから。

懐かしの「アイ・ラブ・坊っちゃん」、感動の初日を迎えてから早、1週間が経ちました。明治座公演は、公演数も多く、体力的にも大変な公演ではありますが、公演を重ねるごとに、31年前とはまた違った新しい風に誘われている感を強く抱いております。
私も信じられない年齢ではございますが(笑)、この30年が、夏目鏡子さんに味わい深い肉付けになっているのではないかと、自負しております。
井上芳雄さんの夏目漱石、三浦宏規さんの坊っちゃんをはじめ、
出演者はもちろんのこと、オーケストラもスタッフの皆さんも一丸となって作り上げております」。

 

上演時間は、およそ3時間。東京公演は5月31日まで明治座で。

その後、6月7日から14日まで札幌で、22日から28日まで大阪で上演される。

 

     (写真提供 東宝演劇部)