朝、7時45分。ベニー・グッドマンの「メモリーズ・オブ・ユー」で起こされた。週末だから目覚まし曲がいつもと違う。ついつい、聴き入ってしまった。
目覚めると大阪は曇り空。次々と通過する低気圧がもたらす雨天続きの日々ではあるが、寒さはやや緩んでいる。正月までこのままであって欲しいが、すぐに北からの高気圧が南下してくるようで、冬型の気候に移って行くはずだ。と、気象庁のような言を発しているが、別段、気象に興味を持っているわけでもなく、また、憂うこともなく、ただありのままを受け入れるだけの傍観者然としている。それというのも、大阪という比較的穏やかな気候の土地に住み、天候にあまり踊らされることない生活が出来ているからなのだろうと思う。山間部や島嶼部に住むことを嫌っているのではない。ただ、生まれ育ったところが今いる近辺だったというだけのことであり、その偶然に感謝しているのだ。
しかし、カミさんにそれを言うと、「あなたは傍観者でも私は違う。洗濯が大変なのよ」と強い口調で叱られた。まるで私が洗濯物を量産しているかのような言い方だ。カミさんに言わせると、彼女を煩わせている万障は私が発生源なのだとか。よくまあそんな酷い表現ができるものだと思う。遠慮なく浴びせられるカミさんの言葉は、以前の私なら宣戦布告と受け止めたが、今は澄んだ響きを含んで私の耳に飛び込んでくる。言われるだけ嬉しくなり、心が和んでくる。
なぜ、もっと早くこういう心境になれなかったのかと悔やむ。そうしていれば、カミさんはあれほど多くの涙を流さずに来られたかもしれない。辛い気持ちにさせずに済んだと思う。悔恨は深く、大きいが、そういうステップがあって今がある。要は、今を、これからを大切に、こういう気持ちで、カミさんと楽しく生きていけばいいのだから・・・。
天皇誕生日である。今の天皇は来年に退位する予定だから、今年が最後となる。クリスマスの前々日、何かと多忙な年末のこの時期に設けられた祝日は得難い便利さを持っていると思う。4月29日が「天皇誕生日」から「みどりの日」を経て「昭和の日」となったように、12月23日も「平成の日」とか、なにかの名称で祝日として残してもらいたいものだ。
テレビは皇室関係の特集を幾重も流している。観るとは無しに観ていると、被災地を訪れた天皇・皇后が人々と別れて建物に入ろうとしているシーンがあり、周囲の官吏が移動を促す中で、天皇が何度も何度も、これでもかというほどに人々の方に振り返り、やさしく手を振っていた。それを観て、胸が熱くなった。本当に被災者を心配し、励ましたいと思っているのだろう。訪問で励まされた人たちは心に一つの支えを築くことが出来たと思う。功績は大きい。
生まれ持つ階級、世襲による元首、国民統合の象徴、など、など、天皇制については思うところは多々あるが、今の皇室は王族のあり方を示す一つの形として、ある意味で世界に誇れるものではないかと考えるようになって来ている。英国王室とも違い、ましてや北鮮のキム・ファミリーとも異なる。長い歴史の中で積み重ねられた存在の功罪が反省と改革を生み、今の天皇の存在感と言動になっている。その真摯な姿勢には頭が下がる。
退位後も上皇として国民の前に元気な姿を見せて欲しいと思う反面、表に出ない時間を多く取って、普段着で、気を張り詰めることなく、安穏な日々を永く送って戴きたいとも願う。
。長い歴史の中で積み重ねられた存在の功罪が反省と改革を生み、今の天皇の存在感と言動になっている。その真摯な姿勢には頭が下がる。
退位後も上皇として国民の前に元気な姿を見せて欲しいと思う反面、表に出ない時間を多く取って、普段着で気を張り詰めることなく、安穏な日々を永く送って戴きたいとも願う。