カレーパン

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カレーパンとはカレーをあんとして包み込んで衣をつけて揚げ物|揚げもしくは焼いたパン。
1877年創業の、「名花堂」(現:カトレア)が1927年に新案登録した洋食パンが最初とされ、当時洋食として人気のあったカレーとカツレツを元に作られた。
他には、ピロシキによく似ており、ピロシキに着想を得て作られたとも言われる。日本においては、通常、パン屋で販売されているほか、スーパーマーケットやコンビニエンスストアでも販売されている。また、カレーパンの専門店が、チェーン網を展開している。
写真はカレーパンの生んだお店カトレアです。
カトレアの前身は、明治10年に深川常磐町で創業された「名花堂」といい、昭和2年「洋食パン」の名で実用新案として登録されたものが「カレーパン」のルーツです。元祖カレーパンには、人参・玉葱など野菜がたくさん入っています。また高級な植物性のサラダ油、綿実油で揚げていますのでモタレ感がなく、健康にも大変良い食べ物です。

カイザーゼンメル
ドイツ、オーストリアのテーブルパン。丸めた生地に,5本のカーブした切れ目を入れて焼いたもので,表面 にけしの実をまぶすこともある。カイザーは皇帝,ゼンメルは小さいパンの意味です。カイザー・ゼンメルは直ごね法のやや硬めの生地を使うという、古代ローマ時代の形態を色濃く受け継いでいます。

インカのめざめ
登録番号:【農林】ばれいしょ農林44号 (2002.12.19) 
【種苗法】第8635号 (2001. 2. 9)
系統名 :島系575号
系統番号:W882204-117

来歴
昭和63年(1988)に北海道農業試験場において、南米アンデス地域の

2倍体在来種で、独特の食味を有する Solanum phureja

アメリカ品種「Katahdin」の半数体を交配して

育成された「W822229-5」を母、濃黄肉の「P10173-5」を父として交配し、

翌年より実生を養成して選抜を

開始し、平成6年に「島系575号」の名を付して、特性検定試験等を行い、

平成13年(2001)に種苗法に基づき品種登録され、起源地と新しさを

例えて「インカのめざめ」と命名されました。

4倍体の普通栽培種(S.tuberosum)とは異なる2倍体品種です。

原産地の

アンデス地域で独特の食味と風味を有することから高値で

取り引きされている小粒種を、

日本のような長日条件でも栽培できるように改良してきた品種です
 道県の奨励品種ではありませんが、地域特産品としてのニーズが

見込まれることから、北海道では地域特産品種として原原種の供給を

受け、十勝管内と空知管内で種いもの増殖が始まりました。また、

平成14年(2002)には農林44号として登録されました。茎長は短く、

茎は細く、色は緑で基部が紫を帯び、分枝は少ない。地上部

全体が小さく、そう性はやや開張です。葉はやや小さく濃緑色で、

葉縁は波打ちます。

花は淡紫色で、形は桜の花に似ています。

つぼみのうちに落ちるものが多く、

花数は少ないですが、極まれに自然結果します。
 ふく枝は短く、いもは密に着きます。いもの形は卵形で

目は浅く目数は少ない。皮色は黄褐色で、目の周囲に

紫の着色があるものが多く、表皮は滑らかです。

肉色は橙色に近い濃黄色で「キタアカリ」など

従来の黄肉品種より格段に黄色が濃い。

生態的特性
いもの休眠期間は30日未満と極短く、収穫が遅れると土の中で芽が

動いていることもあります。いもの肥大と澱粉価の上昇は早い。

熟期は「男爵薯」や「ワセシロ」より早い極早生です

いもは平均一個重が約55gと小さい上いも収量は「男爵薯」の

60~70%と少ない。澱粉価は「男爵薯」や「キタアカリ」より高く、

約18%です。
病害虫抵抗性
ウイルス病に罹病しやすく、明瞭なモザイク症状などを呈します。

疫病には「男爵薯」並に弱い。青枯病抵抗性は「男爵薯」よりも

強い“強”で、

粉状そうか病にも強い。シストセンチュウ抵抗性はありません

いもの内部異常はほとんどみられませんが、Lサイズ以上では

発生します。
品質特性
活性酸素の消去能を有するカロチノイド系色素ゼアキサンチンを

「キタアカリ」の約7倍含有しており、濃黄肉色を呈します。

剥皮褐変はありません。

肉質は中からやや粘質で、舌ざわりは極めて滑らかです。

調理後黒変は無く、調理後も鮮明な濃黄色を保ちます。食味は、

ナッツや栗に似た独特の風味があり、クセがありますが非常に良く、

「栗」、「サツマイモ」のようだと評する人が多い
 煮くずれが少ないので煮物に適し、油加工時の褐変も少ないので

ポテトチップやフライドポテトにも向きます。独特の肉色を生かした

お菓子材料(アイスクリーム、ケーキ、甘納豆等)にも適します。
 低温貯蔵では、油加工時の褐変の元になる還元糖の

増加は少ないですが、ショ糖の増加が著しく、明らかな甘味を呈します

貯蔵後の肉質はやや粘質となり、甘さを生かすお菓子材料に

適するようになります。
 えぐ味の元になるグリコアルカロイド含量は少なく、

曝光によっても増加が少ない。食味が「男爵薯」より優れ、

チップおよびフライの料理加工性に優り、独特の風味や

甘味を生かした菓子類など、

新たな需要の開拓が期待されています。 病害虫抵抗性
 ウイルス病に罹病しやすく、明瞭なモザイク症状などを呈します。

疫病には「男爵薯」並に弱い。青枯病抵抗性は「男爵薯」よりも強い“強”で、粉状そうか病にも強い。シストセンチュウ抵抗性はありません。いもの内部異常はほとんどみられませんが、

Lサイズ以上では発生します。



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クロワッサンはバターをはさんで生地を何度も折りたたむことで、
独特の食感を生み出す。
チョコレートやアーモンドを焼き上げる前に練りこむこともあり、
チョコレートを包んだクロワッサンは
パン・オ・ショコラ(pain au chocolat)と呼ばれる。
プロセスチーズやウィンナーソーセージなどを
包んで焼き上げられることもある。そのまま食べることが多いが、
サンドイッチにも使用される。
1683年にトルコ軍の包囲を打ち破ったウィーンで、トルコの国旗の三日月になぞらえたパン、クロワッサンを焼き上げたという伝承があるが、
これは事実に反する。
''Oxford Companion to Food''の編集者の1人であったアラン・デイヴィッドソンによると、20世紀の初頭のフランスの料理本に
クロワッサンの調理法が現れる以前のレシピは
一切現存していないということである。この伝承が広まったのは
1938年に''Larousse Gastronomique''の初版本を出版した
アルフレッド・ゴットシャルクによるところが大きいという。この本の中ではこの伝承に加え、
1686年にトルコ軍にブダペストが包囲された時に作られたのではないかという
伝承を紹介している。カプチーノの語源についても同じような伝承がある。
ちなみにフランスに伝えられたのは、マリー・アントワネットがオーストリアから
嫁いだ時であるという伝説もある。

nahn

ナンインドやタジキスタン、

中近東におけるパンのひとつ。

平たく楕円形で、大きな草履のような独特の形をしていて、所々ぽこぽこ膨れている。

自然種(イーストを使わず、小麦などに含まれる野生酵母菌を自然発酵させた種)で発酵させた

生地を、タンドールと呼ばれる窯の内壁に貼り付けて焼いたもの。精製した小麦粉を使う。

タンドールオーブン

タンドールオーブン(tandoor oven) タンドールオーブンとは、インド特有の「土釜」です。

ナンの種類

①ラバーシュ (一番薄い、一般的によく食べられる)
②タフトゥーン(ラバーシュよりやや厚め)
③バルバリ  (日本人に一番好まれる)      
④サンギャキ (小さい丸石の上に載せて焼く)

    ナンを売っている店はナンの種類によって違うので気をつけないと

歌舞伎揚げ
歌舞伎揚の由来は次のようなものでした。 天乃屋 歌舞伎揚げ

 歌舞伎といえば日本の伝統的な古典演劇であり、また、せんべいも古くから親しまれてきた日本独特の菓子です。
 そこで、この両方の伝統文化を伝えようと、せんべいの包装袋に歌舞伎の定式幕の模様を取り入れ、せんべいの一枚一枚にも歌舞伎の家紋をデザインしたものを刻印し「歌舞伎揚」と命名しました。

 

もともと表面がでこぼこであるため、不鮮明ではありますが、明らかに人為的につけられた

溝が存在しています。なお、四角い歌舞伎揚は市川団十郎家、

丸い方は片岡仁左衛門家の家紋とのことです。

 現在の歌舞伎揚は、消費者の嗜好に合わせソフトになっているため、家紋が不鮮明ですが、

以前は固めであり、家紋がはっきり見えていたそうです。

アスコルビン酸
アスコルビン酸 100gの商品画像
効能・効果

  1. ビタミンC欠乏症の予防および治療(壊血病、メルレル・バロー病)
  2. ビタミンCの需要が増大し、食事からの摂取が不十分な際の補給(消耗性疾患、妊産婦、授乳婦、はげしい肉体労働時)
  3. 下記疾患のうち、ビタミンCの欠乏または代謝障害が関与すると推定される場合(効果がないのに月余にわたって漫然と使用しないこと)
    1. 毛細管出血(鼻出血、歯肉出血、血尿など)
    2. 薬物中毒
    3. 副腎皮質機能障害
    4. 骨折時の骨気質形成・骨癒合促進
    5. 肝斑・雀卵斑・炎症後の色素沈着
    6. 光線過敏性皮膚炎

バター&マーガリンの歴史と作り方
今回はバターとマーガリンの話。
 御存じ、乳製品から出来る食品で、特にバターはパンに塗ったり(マーガリンの方が
多いですけど)、ホットケーキに塗ったり、料理のお供に使われています。今回はその
バターとマーガリンについて色々なお話をしてみたいと思います。

1.薬用だったバター
 そもそも、バターは作るのが簡単!
 牛乳の中の脂肪を集めることでつくられる
バターは、基本的には牛乳を振り混ぜ
成分を分離し、脂肪分を固めるだけで
完成。ですから人間との関わり合いは古く、紀元前2000年ころのインドの教典にも
バターづくりが書かれています
(つまり、この頃から食用として
食べられていたわけです)。
当時の製法は、主に山羊や馬からとった乳を入れた容器を揺り動かしたり、棒でかきまぜたりして成分を分離し、固めたものでした。そして、特に遊牧民がバターを好んでいたんですね。
そのため、紀元前5世紀には
イタリア半島のローマ共和国(後のローマ帝国)に伝わったのですが、「野蛮人の食べ物」として、あまり食用にはしませんでした。

 ところが、食べはしませんが皮膚に塗ることを考えついたのです。特に赤ん坊、幼児の皮膚を
軟らかくすると考えられ、お風呂にはいる時に塗ったみたいですね。さらに、ローマの博物学者プリニウスは「蜂蜜と一緒に歯茎につけると、歯痛にも効きます」と勧めているほど。おやおや、食べないけど
口には入れるんですね。他にも、整髪料、灯油にもこのようにヨーロッパにおいて、
バターは薬用などとしてスタートしました。

 その後、ポルトガル地域では紀元前20年頃から、フランスでは6世紀、ベルギーでは12世紀、
ノルウェーでは13世紀になって食用としてバターを使い始め、今のように料理に欠かせない
材料となっていったのです。ただし、ローマ(イタリア)では相変わらず食用にならなかったのか、今でも
イタリア料理にはバターを使ったものが少なく、オリーブオイルが多いですね。

 ちなみに、日本でもバターは薬用として江戸時代にデビューしました。
 幕府第八代将軍・徳川吉宗がインド産の白牛を輸入し、この牛の乳から「牛酪」(バター)が作られたと言われています。これが薬用として使われ、明治以降になってようやく食用となり、戦後になるとパン、
それから洋食のお供として普及しております。

 ちなみに乳製品それ自体は560年頃、朝鮮の百済から搾乳技術が伝えられ、また奈良時代には
唐からも伝わり、平安時代には特に関東で「(そ)」と呼ばれる牛乳を煮詰めて凝縮したものを造り、
これを平安貴族に納めていました(バターとは少し違いますが)。で、平安貴族は美味しい&健康に
よいとして、なめていたんですね。おお、意外とグルメじゃないか、君たち。乳製品で言えば他にも、
酪(らく)、醍醐(だいご:醍醐味の語源)というのもあったとか。その後、一般に普及しなかったのは残念?

2.バターの分類
 まず、現在のバターは
 1.食塩を添加しているか
    ・加塩バター(食塩含量約2.0%)
    ・無塩バター
 2.原料クリームを発酵させているか
    ・発酵バター(乳酸発酵したクリームを使用、独特の香りがあるが、保存性に難あり。
古来のバターはみんなこれ)
    ・非発酵バター(非発酵バターは発酵していないクリームを使用、風味がよく保存性あり)
 に分類されます。日本では家庭用の場合、非発酵バターが大半を占めます。
 しかしながら、古来からの味である発酵バターの魅力もコクがあって捨てがたく、小岩井農場では
発酵バターを作っているそうです。また、ヨーロッパでは発酵バターの方が主流。非発酵バターは
アメリカ、日本、オーストラリアで主流だとか。ちなみに、何で古来かというと、置いておくと勝手に
発酵してしまったからですな。

3.バターの工程を見ていきましょう
 それでは、その工程ですが。
 1.まず、牛乳からクリームを分離します。つまり、脂肪分を抜き取るんですね。
   機械で行う場合、「クリームセパレーター」という機械に牛乳を入れ、高速で
回転させると「クリーム」と「脱脂乳(スキムミルク)」の2層に分けます。
 2.クリームを殺菌します(森永乳業の場合、95℃で60秒間、熱をくわえ、ビタミンなどの
栄養分をこわさずに、細菌やカビを殺菌。雪印乳業の場合は70~80度に加熱)。
   *発酵バターの場合は、ここで乳酸菌スターターを加える。
 3.熟成させます(=エージング。クリームを低い温度(5~9℃)で7時間以上ねかせること)
 4.「チャーン」という機械でクリームをかきまわす。これによってクリームの脂肪の粒が
くっつき、米粒ぐらいの大きさになるまで2~3分かきまぜて、そのあとにバターの粒と
バターミルクをわける。
 5.バター粒を水で洗う
 6.加塩し練り込んでいく。
 7.ワーキング(バターの粒をよく練り合わせ、なめらかにする)。
 8.出来上がり。ただし、工場での製品の場合は、きちんと形を整え、検査し、箱に詰めることになります。

 と、こんな感じで作られているわけで、現在のバターは意外と手間かかっていますね(笑)。

4.代用品として登場したマーガリン
 忘れちゃいけないのはこちら!
 最初は忌み嫌われていたバターも、中世以降、すっかりヨーロッパに普及します。
 そんな中、代用品も求められ、1869年、フランスでマーガリンが誕生しました(1869年と言えば、
日本の首都が東京に遷都された年)。

 何故代用品が求められたかというと、当時プロイセン(後のドイツ帝国)と戦争中だったフランスは、
生活必需品であるバターが欠乏していたんですね。そこで皇帝ナポレオン3世(有名なナポレオン1世の甥)は、代用バターの発明を懸賞募集し、フランス人メージュ・ムーリエ・イポリットの考案を採用してmargarineと名付けたのが始まりです。

 これは、ギリシャ語のmargarite(真珠)から来たことばで、真珠のように美しい油のかたまりという
意味だとか。当時の文献は少なく、原料の詳細はよく解っていませんが牛脂軟質油 75% 、
オリーブ油 5% 、牛乳 20% 、乳房からの抽出物 少量 だと考えられ、味は「まあ、まあ」
だ、そうです。
 現在、マーガリンは原料油脂、発酵乳、食塩、着色料、乳化剤、ビタミンAなどを混合し、
冷やしてかため、ねりあわせてつくられます。そして、原料油脂にはヤシ油、パーム油、ダイズ油、
綿実油、コーン油、サフラワー(紅花油)、ナタネ油などの植物油脂を使用。

 誕生当時はあくまで代用品でしたが、「マーガリンの方が健康に良い」と注目され、さらに作りやすく、
マーガリン自体の風味も向上したことから、大きく普及しているのは周知の通りです。なお、
マーガリン類には油脂含有率により、マーガリン(油脂80%以上)とファットスプレッド(油脂80%未満)
の2種類に分類されています。また、ケーキ用だ、学校給食用など、現場に合わせて、
溶けやすかったり、溶けにくかったり成分を調節した物も色々とあります。

4.日本におけるマーガリン

 日本には明治中期に輸入されて登場。日本に住む欧米人達のためです。
 しかし、日本でも軍隊向けなどに注目されるようになり、これを作ってみようと山口八十八や

千足栄蔵といった人達が研究を始め、その後、「人造バター」として国産でも作られるようになりました。

そして、味が向上し、バターとは違う商品だ!と言うことでしょう、昭和27年からはマーガリンとして

販売されるようになりました。それにしても、「人造バターって凄い名称ですね。

  と、こんな感じで私たちが食べる食品は出来ているわけです。
 食べ物の歴史を知り、その作り方も知ることで、より食生活が豊かになると私は思います。
参考文献・ホームページ
モノの世界史 宮崎正勝著 原書房
つい誰かに話したくなる雑学の本
マイクロソフト エンカルタ百科事典2004
森永乳業株式会社 バーチャル工場  http://www.morinagamilk.co.jp/product/menu0301.html
雪印乳業 http://www.snowbrand.co.jp/
マーガリン工業会 http://www.j-margarine.com/
全国乳業協同組合 http://group.lin.go.jp/jf-milk/
楽天市場 小岩井からの贈り物 http://www.rakuten.co.jp/makibaya/463934/

古代米とは、稲の原種である野生稲の特徴を受け継いでいる米(稲)のことです。

この「古代米」には次の様なの特徴があります。

 ● 玄米の色が赤や黒や緑なとど有色米が多い。
 ● 稲穂の一粒一粒に針のように亡(のぎ)を持つものが多い。
 ● 生命カが極めて強く、荒れ地で無肥料・無農薬でも丈夫に育ち、干ばつ・冷水などにも強い。
 ● 背丈が1.5メートル以上にもなるため、倒伏しやすい。
 ● 実りのころ、籾がひとりでにこぽれ落ちるものが多い。
 ● 品種改良された現代の米に比べて収穫量は半分以下と少ない。

玄米の色が赤褐色で果皮、

種皮の部分に赤色系色素(タンニン系)を

含んだコメです。
 5分づき(少し精米)にすると薄紅色になり、

糠(ぬか)を全て取り除くと白米になります。

米粒の形には

ジャボニカ種(短粒)とインディカ種(長粒)

があり、日本ではジャボニカ種の粳(うるち)

多く見られます。
 野生稲の大部分が赤米であることから、赤米は

コメのル一ツであり、赤飯の起源と考えられています。
 栄養成分は、現代の白米と比べ、たんぱく質や

各種のビタミン・ミネラルが多く含まれています。

縄文時代、日本に初めて伝わった米はジャポニカの

赤米だっだと考えられています。

邪馬台国や大和朝廷への

献上米も赤米が主だったと云われています。
 奈良時代の「尾張国正税帳」には、赤米を

酒の料として皇室へ納めたとあります。

「枕草子」には、

「男の片手に甚赤き稲の…」と

あります。

鎌倉時代には、大唐米・大唐法師と呼ぱれる

赤米が

中国から渡来し広く栽培されました。
 江戸の井原西鶴の書物にも「赤米」は、

数多く

登場します。薩摩藩では田んぽの50%も

赤米が

作られていました。
 明治に入ると赤米は雑草と考えられ国をあげて

赤米駆除運動が始まります。岡山県総社の

国司神社、

対馬の多久頭魂神社、種子島の宝満神社は

遠い昔から現在まで連綿と赤米を守り続けて

来ました。赤米は昭和30年代まで全国各地で

作られていたようです。

玄米の色が黒色で果皮・種皮の部分に紫黒色系色素(アントシアン系)

を含んだコメです。
 5分づき(少し精米)にすると米が紫色になるだめ、紫米とか

紫黒米とも言われます。糠を全て取り除くと

インディカ種(長粒)があり世界的には後者が多くほとんどが繻(もち)です。
 黒米は、おはぎの起源で古くから祝いの米として

珍重されてきたという説もあります。
中国では明の時代、李時珍の「本草綱目」に

「黒米は女性の生理・腎臓を補い、脾臓・肝臓に

良く、目の血のめぐりを良くする。更に、

滋養強壮に優れ、造血作用があり、

髪の毛の黒さを増す」と

記されています。古来、中国で黒米は宮廷献上米と

して皇帝や女官たちに独占されており、揚貴妃も

美容食として愛用していたと伝えられています。

また、薬膳料理にも古くから使われていることから

薬米の別名もあります。
 栄養成分は現代の白米と比ベ、

たんぱく質・ビタミンB1・B2・ナイアシン・

ビタミンE・鉄・

カルシウム・マグネシウムなどが豊富に含まれています。中でも、

黒米の糠に含まれる

アントシアニンは、血管を保護して、動脈硬化を

予防し、発ガンの抑制に関係する抗酸化作用が

認められています。

備長炭

紀州南部川村備長炭は、ウバメガシの原木を主として紀州備長炭お試しセット
紀州独特の土窯で製造される木炭で、
世界でも他に類がない硬質炭として知られています。
多年の経験が要求されるこの製炭技術は、
昭和49年より県の無形文化財に指定されています。

木炭の発見は人類の燃料革命であった。
愛媛県の「鹿ノ川洞窟」といわれる史跡から、人骨や石器と一緒に

少量の木炭が発見されています。およそ30万年前といわれている

この炭が、良く知られた日本最古の木炭です。

樹木をそのまま燃やし燃料にするのでなく、

一度蒸し焼きにして木炭を作る。これで、煙や炎をださず、火力が持続し、

しかも保存のきく燃料ができる。木炭の発明は、人類の

一大燃料革命だったのです。

日本に炭焼き技術を伝えた弘法大師空海。
木炭の文化は世界各地にあります。現在世界のトップレベルにある

日本の炭焼き技術も、元々は中国から伝わったものです。では、

いつだれが、これを持ち帰ったのでしょう。

その功労者の一人とされているのが、弘法大師空海(774年~845年)です。

空海は804年に遣唐使と共に中国にわたり長く滞在しました。その後、

当時は最先端だった炭焼きの技術を持ち帰り、仏教の布教と同時に

日本各地にこの技術を伝えた、とされています。

うなぎやさんや焼き鳥やさんで、木の板に墨痕も鮮やかな「紀州備長炭使用」の
看板を見かけることも多くなりました。今やおいしい炭として「紀州備長炭」は
有名です。ではなぜ、おいしいのでしょうか。備長炭独特のソフトな炎と、
まろやかな温度が、タンパク質の分解を防ぎ、肉を美味しくするための
アミノ酸を形成。さらに遠赤外線効果が食欲を誘うグルタミン酸を増加させます。
というわけで、うなぎ、焼き鳥、魚、肉などの焼き物料理には
欠かせない燃料になっているのです。また火力が強いうえ、火もちもよく、
うちわ1本で火加減の微妙な調整が思うままにできるのも、
料理人に愛用される理由なのです。