101キロの果て、母が炊いた「つや姫」の味。 | 50代からの挑戦――マラソンと経営を通じて人生をもっと楽しむ

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このブログは、経営者の一人として目標達成への情熱と、ランナーとしてサブ3を目指す挑戦を重ね合わせたライフログです。
戦略、努力、そして仲間との絆。挑戦し続ける中で得た気づきや教訓を綴ります。

今日は母の日。


世の中が感謝の言葉で溢れる中、少し遅れた完走報告とともに、一人の息子としての本音を綴ろうと思います。


先月の山寺蔵王ウルトラジャーニー。
完走そのものよりも、ずっと心に残っていることがあります。
かつて介護現場の現場で働いていた頃、親の老いに戸惑い、苛立つ家族の相談を多く受けてきました。当時はどこか冷めた目で、「年なんだから仕方ないですよ」なんて、客観的な正論を言っていた気がします。


でも今回、自分がその「当事者」になってみて、ようやく分かりました。


実家に帰るたび、できないことが少しずつ増えていく母。それなのに、自分のことは棚に上げて52歳の私を心配してくる。


食事に行けば、私がもう「52歳のおっさん」であることを忘れたように「あれも食べなさい」とおせっかいを焼いてくる。


そんな母に、私はいつも「そんなに食えないよ」と悪態をついてばかりでした。


でも、ふと気づいたんです。
母から見えている景色は、私が生まれたあの日から、たぶん一歩も動いていない。


レース中、母から何度も着信あり。

連絡がつかない私にパニックになって、孫にまで連絡して大騒ぎした母。


ゴール後、ようやく電話をかけると、

「声を聞けて安心した。時間を勘違えて電話してごめんね」と言われました。



実はレース前、「今日の夕飯はいらない」と伝えていたんです。
ところが、走っているうちに、無性に地元の「つや姫」が食べたくなってしまった。
電話でふとそれを漏らすと、母は当たり前のように言いました。
「もう炊いてあるよ。食べたくなると思ったから」
自分のことは自分で決めているつもりでしたが、私の腹の中なんて、母にはとうにお見通しだったわけです。


おふくろ、これまでの態度、ごめん。


親はいつまでも親で、私はいつまでも息子でした。
101キロ走って空っぽになった体に、炊きたてのご飯が妙に染みた帰省。


あの日の味を思い出しながら、あらためて感謝を伝えたいと思います。


これもまた、私にとっては大事な「ゴール」でした。