50代からの挑戦――マラソンと経営を通じて人生をもっと楽しむ

50代からの挑戦――マラソンと経営を通じて人生をもっと楽しむ

合同会社フォース副代表 / 50代経営者ランナー。マラソン大会を転戦しながら、走って気づいた経営の話を書いています。サブ3を目指し中。浜田省吾を15歳から聴き続けている50代。

淡々とゴールした。感動はなかった。それでいいと思っている。

今年3本目のウルトラマラソンだった。
4月、山寺蔵王ウルトラジャーニー101km。5月、野辺山ウルトラマラソン100km。
そして7月5日、月山山麓ウルトラマラソン75km。我ながら、よく走っている。



出発は早朝4時前。実家を出て会場に向かう道すがら、空はうっすら明るくなり始めていた。
飲食店の灯りに、昨晩の名残がある。その光景を横目に見ながら、気持ちが静かに高まっていくのを感じた。

「建前は距離走、本心はレース。」

自分を試す。答え合わせの場。それが今日だ。
ただ、一つだけ言い訳を用意していた。「距離走としての練習だから」。
思うように走れなくても、それを理由にできる保険を、スタート前からこっそり持っていた。



スタート地点で並んだとき、いつものことだが、周囲の全員が「猛者」に見えた。脚の仕上がり、装備、雰囲気。「場違いだったか」と一瞬怖気づく。
でもスタートの時間は、そんな気持ちにかまわず迫ってくる。

7時00分。答え合わせが始まった。

序盤は一気に下る。山寺蔵王と野辺山の反省を活かし、突っ込まない。集団の流れに乗り、脚を温存する。
ひたすら前に進む。この「淡々と」を12時間維持できるかどうか、それだけを考えていた。
朝食抜きでのスタートは野辺山から実践している。エイドでは完食を目指し、ジェルと組み合わせながらプラン通りに補給を進める。
イフゼンプランも準備してある。トラブルが起きても対応できる。あとは走るだけだ。
気候は曇り時々晴れ。7月にしては湿気が少なく、日差しの出る時間も限られていた。「環境としては良い」そう感じながら、まずは42㎞を目指した。

42km手前で、日差しが強くなった。
「暑い。とにかく暑い。」
一気に体力が削られた。それ以上にメンタルが削られた。
淡々と走りたいのに、その「淡々と」ができない。前のランナーをペースメーカーにして、ただついていく。



45kmからの約2km、斜度のある登り。脚を止めたくなかった。止めれば集中が途切れる。目標物を見つけては走り、歩き、また走る。それを繰り返しながら登り切った。
下り始めた瞬間、右膝に激痛が走った。
「やばい。」「走れるか。」「とにかく落ち着け。」
なだめながら下る。3km先のエイドまで。そこで一度、気持ちを落ち着かせよう。それだけを考えた。

49.2km地点のエイド。水をかぶり、補給を摂る。ストレッチをして膝を確認する。平地と登りでは痛みが出ない。ここからの約25kmは登り基調だ。
気持ちが楽になった。
そして気づいた。仮に全歩きしても、時間内にゴールできる。
その瞬間、体が一気に軽くなった。
「開き直り」が、これほど効くとは思わなかった。残り25kmが、急に「もう25kmしかない」に変わった。
名残惜しさすら感じ始めた。人の意識とは、単純で、奥深い。

57kmのエイドあたりから、ちょうどいいペースのランナーが前にいた。ずっと後ろについていった。
一人だと心細い。その背中に、どれだけ助けられたか分からない。
若干の吐き気を催しながらも、大事には至らなかった。

そして月山湖、寒河江ダムにたどり着いた。
ちょうどそのとき、シンボルの月山湖大噴水が上がっていた。
「終わる前に、近くで見たい。」
気づいたら、ペースが上がっていた。幼少期に見て以来、何十年ぶりかの再会だった。
こんな理由でペースを上げるとは、我ながら単純だと思った。



最後のエイドで補給を終え、斜度10%の最大の難所へ。歩いてもきつい坂を、ランアンドウォークで登り切る。

「今日帰ったら、まずビールを飲み干そう。その後ハイボールで食べたいものを食べよう。」
あれこれ巡らせながら、ただ動き続ける。
すでにゴールしたランナーの車とすれ違うたびに声が飛んでくる。「ラスト!」「ナイスラン!」「もう少しだよ!」その言葉が、足取りを軽くしてくれた。

坂を登り切った先に、ゴールが見えた。
不思議と、感動はなかった。淡々とゴールした。
9時間19分11秒。総合51位/201人。50歳代男子15位/70人。



やり切った感はある。プラン通りだったから、なおのことかもしれない。
「距離走だしね。」
そう呟きながら帰路についた。
でも心の中では分かっていた。これは立派なレースだった。
言い訳の保険など、最初から必要なかった。