みなさん、おはようございます。ノブです😄

 

「ジョブズ氏の言葉から一日一言」をテーマに、お届けしています😄

 

 

 

今日のジョブズ氏の言葉はこちらです⬇

 

「いくらかかるかなんて、どうでも良い。」

 

 

1993年に発表されたPDAの「ニュートン」。

 

先進的でファンもそれなりに付いていた。

 

が、利益にはつながっていなかった。

 

アップルに復帰したジョブズ氏は、ニュートンを打ち切ろうとした。

 

売却して全ての資本をマッキントッシュに集中したかったからだ。

 

「もうこれ以外にアップル社を救う手立てはない。」

 

 

これに対して当時のアップル社のCEOは、

 

「そんなことをしたら、いくらかかると思いますか?」

 

ジョブズ氏は、

 

「そんなことは問題じゃありません。いくらかかるかなんて、どうでも良い。もし、捨てたら、世間は拍手するでしょう。」

 

そして、やがてジョブズ氏は暫定ながらCEOとなり、言葉通り、このことを実行した。

 

世間の批判を浴びた。

 

熱狂的なニュートンのファンからは反発も強かった。

 

が、それらはこの後のアップル社の快進撃によって全て消し去られた。

 

 

「過去の経過などに躊躇することなく、不要なものを脱ぎ捨て、本当に自分が欲しいものをチョイスする。」

 

このことがジョブズ氏の武器であり、「革新」を信条とするジョブズ氏の真骨頂であった。

 

 

 

 

この出来事、私も開業する際に、規模は違えども同じことを考えました。

 

「病気でもおとなしく療養生活を続ければ、普通に暮らしていけるのかも。

でも、開業して失敗すると、なけなしの預貯金も吹っ飛び、もう私には何もなくなってしまう。

せっかく良くなった病気も悪化し、もう生きていることも覚束なくなる。

どうしたら良いのだろうか?

開業すべきか、それとも現状維持を続けるべきか?」

 

 

自分のなかで葛藤する気持ち。

 

そうして、

 

「同じ死ぬのなら、最期は自分の好きなように終えよう。

それがずっと幼い頃から僕が考えてきたことだ。

僕はどうして生まれてきたのか?

親にも世の中にも捨てられて生きている資格もないのだろうか?」

 

 

 

開業をすることになったときの覚悟が、このジョブズ氏のことと同じようなものでした。

 

「徹底的な断捨離」

 

それは、

 

今ならまだ3キロは無理でも2キロはゆっくりならクロールで泳げるかもしれない。

 

そうしたいろいろなことを「もう自分はできなくなるんだ」と諦めて取りかからないと、成功どころか後悔しか残らない人生となってしまう。

 

「僕はなぜ生まれてきたのか?」

 

 

 

余命宣告をうけたとき、虐待を繰り返して来た「生みの親」はこう言った。

 

「どうして僕だけはこんなことになるのかな?」

 

「それは、長男は家の犠牲となるために生まれてきたからだ。当たり前のことだから。」

 

ずっと、「生みの親」に認めて欲しくて私は病気をしても10年間、合計10回、母の日に鉢植えを贈ってきた。

 

それは、「私も弟と同様に息子として見て欲しい」という気持ちからであって、私はその通り、母にも何度も話してきた。

 

 

 

ずっと以前に、自分といれば共倒れになると覚悟して、市役所で「母だけは助けてください」と土下座して手をついて、私は老人ホームへの手続きをお願いした。

 

が、杖をつきながらも一人で病院へ行けない状態で、「入院したから手続きに来い」という病院の指示に、私の主治医が私に行くことのストップをかけた。

 

それを見かねたケアマネジャーさんが私を車で私的に送迎していただき、それでも母の元では、そこまで杖をつきながらたどり着き、1分ほどしか、挨拶のために立っていることができなかった

 

 

病院から退院して母は私に言った。

 

「お前の主治医に今度病院で聞いてやれ!なんで、母親の見舞いに行くことをするなと言ったのかと。この人でなしめって!」

 

このときに私は泣きました。

 

「ああ、この人には何を言っても、何をしてももうダメなんだなあ・・・」

 

 

 

開業するときにこのこともまた思い起こし、私は

 

「もう、親は最初からいなかった。

もう振り回されることなく、最期に自分がなぜ生まれてきたのかを、仏さまにお尋ねしよう。

仏さまが死ねと言われるのならそれはそれで仕方がないこと。

自分の選んだ生き方が間違っていたんだ。

頑張れば必ず報われる、必ず幸せになれると思って、やってきた方法がきっと勘違いだったんだ。

そう思って諦めて(世の中からもう)消えよう。」

 

 

それが私自身の運命だと思って、自分が何をしたいのか、目的を明確にしてそのことに残った私自身の全力を集中するしか、私にはもう闘うことのできる武器がない。

 

療養しながらも倹約して残してきた預貯金。

 

細くなったけど残ったわずかな人のつながり。

 

そして、病気でも少し良くなってきた私の心身。

 

全てをかけて私は仏さまに手を合わせてきました。

 

「正成の子孫も祖先と同じ道を行きます。

私は自分の存在をかけてあなたの御意志に従います。」

 

 

 

朝晩、祖先がしていて法華経を詠みながら、私はこうして仕事と空手以外はもう捨てることにしました。

 

「今はできるけど、これから年取るとこのままではどうせ何もできなくなる。

そうなる前に絶対やりたい、続けたいもののみ、1つずつ仕事とプライベートでやることを決めて過ごそう。」

 

 

こうして、受験した夜に合格を知り、1年かけて準備して、それから半年かけて少しずつリハビリの意味で仕事をして、やっと本当にやりたかった障害年金の申請代行業務を始めた次第です。

 

 

 

今からちょうど1年前には4階の自分の部屋まで階段でゆっくりと歩いて上がることもできませんでした。

 

今はゆっくりですが、片方3キロの重りを脚につけて上がることができるようになりました。

 

それを知っている建物オーナーから、

 

「人間ってすごいもんだなあ・・」

 

と言われることもありました。

 

 

 

だから、諦めてはダメです。

 

死んではダメです。

 

10階から飛ばないでください。

 

そうして、ここぞと思うときが来たら、自分でこれからやることを明確にして、他は断捨離して、残った自らの力を集中して、本当に自分自身がやりたかったこと、次に生まれてきたらこう生きたいと思ったことを、死を覚悟してその前にやってみませんか?

 

 

 

「本当に自分は何をしたかったのか?」、よく考えてみることを私はお勧めします。

 

ジョブズ氏の成功はこのことを私たちに教えてくれているのだと、私は思います。

 

「自分は本当はどう生きたいのか?」

 

 

 

 

AppleのHPに掲載された追悼文

 

  『Appleは先見と創造性に満ちた天才を失いました。世界は一人の素晴らしい人物を失いました。スティーブを知り、共に仕事をすることができた幸運な私たちは大切な友人と、常にインスピレーションを与えてくれる師を失いました。スティーブは彼にしか作れなかった会社を残しました。スティーブの精神は永遠にAppleの基礎であり続けます。』

 

 

次のブログも良ければまたご覧ください🙇

 

 

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