2024年5月12日(日)

 

 作家の吉村昭さんはしばしば〈人間は神様ではないから〉とエッセーに書いた。知人の葬儀の日取りを、妻が間違えた余話がある。落ち込む妻に、その言葉をかけながら「今日は下見だよ」と慰めた◆編集者に小説の原稿を渡すのが不安だった、ともつづっている。電車に置き忘れたり、途中で事故にあったりしないか。だって「人間は…」と。谷口桂子さんの著書『吉村昭の人生作法』(中公新書ラクレ)を引いた◆誰もがミスや過ちをおかす。その事実をありのままに受け入れていた、といえるだろう。寛容になれた理由かもしれない◆客が店員らの手違いに怒り、土下座で謝罪させる。多額の賠償を求める。東京都が、そんな悪質なカスタマー・ハラスメントを規制するための条例を議論している。頭に浮かんでくるのは〈お客様は神様です〉の方だ◆三波春夫さんのセリフとして知られるが、実は言い方も、趣旨も違っている。「神前で祈るようにまっさらな心でなければ、完璧な芸はできない。お客様を神様とみて歌う」。客の側がその気になるのは滑稽だ。間違える生き物にも、許されない勘違いがある。

読売新聞 編集手帳より

 

 

・・・理念条例では生ぬるい。

晒すのが何よりです。