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左から カプリコーヒー(1975年製)、カプリコーヒー(1980年製)、チェリオコーヒー(1982年製)
 
 チェリオの缶コーヒーの歴史を分かる範囲で書いていきたいと思う。ただ、初期の場合はチェリオの缶コーヒーというよりも、セブンアップの缶コーヒーと言ったほうが適切かもしれない
 
 手持ちのもので最古のものは、日本セヴンアップ飲料が発売元となっている「カプリコーヒー」である。このカプリコーヒーがいつから販売されているかは正式には分からないが、1975年前後なのは間違いないと思われる。微妙にデザインを変えたのが真ん中の80年版。規格制定後なので「コーヒー飲料」と明記されている。そして一番右の製品はチェリオのマークがでかでかと印刷され、コーヒーと書いてある。正式名称が「チェリオコーヒー」であるのは業界の統計資料に書いてあるので間違いない。
 
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 裏面はこうなっている。カプリコーヒーはいずれも砂糖、コーヒー、ミルクといった至ってシンプルな原材料表記。チェリオコーヒーは当時のロング缶コーヒーの標準レベルの原材料だ。全製品無香料(当時は香料入りのほうが少ない)。
 
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 販売者はいずれも日本セヴンアップ飲料だが、住所が全て違う。最古の缶は銀座になっているが、真ん中は国分寺市東戸倉、右の缶は千代田区丸の内だ。東戸倉は国分寺営業所と営業本部があったところで、2003年までチェリオコーポレーション国分寺営業所として存続していたところ。丸の内は今でもチェリオジャパンのある丸ビルの住所。元々日本セヴンアップ飲料の本社は国分寺市東恋ケ窪に工場と一緒にあったが、工場は八王子市に移転し、1977年頃だとこの建物にはセブンアップの日本法人が入居していたようだ。その地には現在マンションが建っており、当時を偲ぶものは何も残っていない。
 
 これら製品は1983年までの販売が確認できている。その時点で、カプリコーヒーはチェリオのロゴの入ったものになっていた。さて、この日本セヴンアップ飲料の缶コーヒーたちだが、同じ製品が全国で販売されていたかというと答えは「No」となる。では他の地域では何を売っていたの?という疑問がわくが、当時の業界資料に書かれていたチェリオが発売元の缶コーヒーの名称は「チェリオマイルドコーヒー」と「チェリオブレンドコーヒー」。この謎は次回以降で説明していこう。
 
※社名が日本セ「ヴ」ンアップ飲料なので表記はこちらにあわせてあります