昼間、インターフォンが鳴ったから
宅急便か?と思って確認したら、なんと母親!
平日の昼間に玄関先に車があるから
居留守を使うわけにもいかず...
要は野菜とか持って来てくれたんだけど
私が在宅してるのを見て一言
「仕事辞めたの?」
帰省する度、ブラックっぷりを愚痴ってたから
ピンと来たのかもしれないけど鋭すぎないか
ここで否定するのも後々面倒になりそうだし
「そう、今は有給消化中」と答えたら
「まぁ、いいんじゃない」と意外な反応
「ゆっくりして失業貰いながら次探せば?」
「失業掛けといて貰わないのは損だから」とか
てっきり非難されるとばかり思ってたから
想像もしなかった言葉の数々に驚いてしまった
その年で仕事辞めてどうするつもりなの?とか
定年まで我慢できなかったの?とか言われると思ってた
わざわざ「仕事辞めました」なんて報告すること
ないと思って黙ってたけど、あっさりバレた
内心、昭和の人たちだから退職が知られたら
親になんて言われるかと恐れていた部分もあった
この年になっても親の反応を気にしてるとか
自分でも、囚われてるよなぁって思う
どうりで生きづらいはずだわ
父親は何についても口出ししないし無関心
(昭和の典型的なワーカホリック)
母親はどんなことでもマウントしたがるタイプ
(娘に女性として張り合うとかキモすぎ)
どちらも親の素質としては疑問符がついていたし
祖父母を含め、どう考えても完全なる機能不全家族
「いい年して親のせいにするな」って言える人は
そこそこ幸せな家庭で育ったんだろうと思う
傍から見て、まぁ普通の家庭かと思われてても
イエの中のことなんて当事者しか分からないんだよ
昔は私もそう思ってたけど、今思うとタダの強がり
本当は認められて可愛がられて育ちたかった
無条件で愛情を注がれる環境が良かった
自分が育った家族がオカシイと思いたくなかった
子供時代が異常な環境だったと認めたくなかった
それだけだったんだよなぁ...
実際には幼少期の生育環境って一生を左右すると思う
そして環境を整えるのは親の責任なわけで
何も分からない真っ新な子供時代に
愛情をかけて認められて育つのか
憎しみをぶつけられながら育つのか
どちらが健全か想像しただけでも分かるはず
人間として自己肯定感の土台を作る幼少期に
散々な扱いを受けたら、充分な土台なんて出来っこない
でも、時間は流れるから成長するにしたがって
その不安定な土台に次々に色んなものを乗せることになる
その状況で、しばらくは何とか持ちこたえたとしても
当然、いつかは土台が負担に耐えきれず崩れてしまう
どんな環境で育とうと、大人になってしまったら
無条件で認めてくれる他人なんていない訳で
土台が不安定な人は「自分で自分を認める」しかない
頭では理解出来てるつもりなのに、実際には
それが難しくて、この年になっても苦労の連続
他人との距離感が掴めないコミュ障に加えて
バツイチの私は母にとっては恰好の見下し材料
「男の一人も捕まえておけない女のクズ」とか
ハッキリ言えちゃう方がどうかと思うけどね
縁は切らずとも相手にはしないと決めている
言われた方は絶対に一生忘れないからな
まぁ、退職がバレたのは仕方ないとして
恐れていたことは何も起こらなかった
自分のやりたいようにやるだけ