熊猫堂ProducePandasが2022年4月6日に配信した「衝刺」(The Best of You) という曲があります。
熊猫堂はコロナ禍にデビューしたので、活動全般にその影響を受けてきたのですが、特にこの曲の周辺には当時の社会を取り巻く空気が反映されている気がします。改めて調べてみました。
「衝刺」とコロナ禍
冲刺(衝刺)
The Best of You
2022年4月6日配信
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「衝刺」は中国では¥ounglord(YoungLord)の「橫衝直撞的青春」との2曲入りEP『冲刺吧』として配信されました。このEPは青春がテーマで、ジャケットは中国の護符を模したデザインになっています。時期的には受験シーズンを想定していたのかもしれません。
EP解説 网易云音乐
しかし、当時は上海でロックダウンも始まり、ゼロコロナ政策による制限がどんどん厳しくなっていく頃でした。
当時のゼロコロナ政策
2022年3月末から上海でロックダウンがスタート。当初は数日の予定だったものの長期化し、解除されたのは6月1日でした。
上海だけでなく北京を含む多くの都市で、部分的な封鎖や移動制限が敷かれるなど、2022年は厳しい状況が続きました。
12月にようやく規制が緩和され、約3年にわたる「ゼロコロナ政策」が終了しました。
【参考】
- 上海でロックダウン開始、東西に分けて96時間ずつ封鎖…住民2500万人にPCR検査 [2022.03.28 読売新聞]
- 上海に続き北京も一部ロックダウン、中国全土で1億6500万人に影響 [2022.04.29 CNN]
- ドキュメント「上海封鎖解除」 2カ月ぶりに動き出した人・街・売り場 [2022.06.06 WWDJAPAN]
- 北京で初めて1日1千人感染 「半ロックダウン」終わらぬゼロコロナ [2022.11.22 朝日新聞デジタル]
- 中国ゼロコロナ政策に抗議の「白紙革命」 政権批判、プロパガンダ成功が招いた皮肉 [2022.12.05 朝日新聞GLOBE+]
- 中国政府 「ゼロコロナ」政策の規制 “さらに緩和” と発表 [2022.12.07 NHK]
4月6日「衝刺」配信開始
「衝刺」は熊猫堂にとって2022年最初の新曲でした。配信後の投稿や楽曲解説ではコロナ禍についても触れられています。
配信後の投稿(一部)
这几年大家都辛苦了,每天的生活就像不断按下了重播键,在充满未知和彷徨的黑夜中摸索着前进。
但请大家相信,在这样的大环境中,会被困住的只有暂时迷茫混乱的情绪,而不是我们内心的本质与追求。
所以别辜负努力的自己,经历过疼痛才能拥抱天空,彩虹会在那里等着大家。
再冲刺一会儿,未来很快就到。
bilibili/微博 熊猫堂ProducePandas
テキトー日本語
(この数年間、みんな大変な思いをしてきた。毎日の生活はまるでリピート再生ボタンを押し続け、未知と迷いに満ちた暗闇の中を手探りで進んでいるようだ。
でも信じてほしい。このような状況に囚われてしまうのは一時的な迷いや混乱した感情だけ。心の本質や心が追い求めるものまで閉じ込めることはできない。
だから、努力する自分に背かないでほしい。“痛みを経験してこそ空を抱きしめられる”のだ。そこでは虹が皆を待っている。あともう少し全力で走ろう。未来はすぐそこだ)
楽曲解説(一部)
也许,在这三年中,我们都被疫情偷走了许多本该要熠熠生辉的人生舞台,也错过了许多次人生的另一种可能,更有莘莘学子们将心中的压力化为那句“青春才几年,疫情已三年“的呐喊,但这呐喊中,也有我们在重重阻难面前,不愿放弃和低头的倔强。
人生的苦,是礼物,亦是我们看向世界的路。简单快乐文化与你相约此刻,全力以赴的去冲刺。未来,我们高处见!
网易云音乐
(もしかすると、この3年間、私たちは皆、本来輝くはずだった人生の舞台をパンデミックに奪われ、人生の別の可能性をいくつも逃してしまったかもしれない。多くの学生は「青春は数年だけなのに、パンデミックはもう3年にもなる!」と、心のストレスを叫びに変えた。しかし、その叫びには、数々の難題を前にしても決して諦めたり屈したりしないという強い意志もこもっている。
人生の苦しみは贈り物であり、それはまた、私たちが世界を見るための道でもある。簡単快楽文化は今この時、あなたと共に全力でラストスパートをかけると約束する。未来で、高い場所で会おう!)
コロナ関連ニュースのBGM
熊猫堂がこの曲をコロナ禍と結び付けてプロモーションしようとしていた気配もあります。
抖音(TikTok)では、コロナ関連ニュースのBGMに「衝刺」を使用するニュース系アカウントが同時多発しました。
調べてみると、曲の配信前日にはすでに複数の動画で使用されていて、いずれも丁寧に「♪熊猫堂《衝刺》」と曲紹介までされています。また、共通して「#解封冲刺美好生活」というハッシュタグが使われています。
これは熊猫堂サイドで依頼したものかもしれません(プロモーションの手法として、インフルエンサーなどに使ってもらうことがあるらしい)
抖音の動画の一例
04-05
・大象焦作
・红都瑞金
・青岛焦点
04-06
・江西旅游广播
・太原教育电视台
上海がロックダウン中の出来事
▶5月5日、PV公開
4月9日に出演したライブ配信番組『见面吧!首唱』の中で、リーダーの鼎鼎が「MVの計画はあるが、撮影チームが上海にいて身動きが取れない。だから違うバージョンを作るかもしれない」という話をしていました[bilibili 盈风满袖 1:15:50~]
なので、5月5日に公開された「スタジオ版PV」は、本来予定していたものとは違うかもしれません。
▶上海の音楽チャート上位
4月後半から5月にかけて、「衝刺」は上海のラジオ局の音楽チャートで6週にわたりチャートインし、最高3位を記録しました。
熊猫堂が「衝刺」で上海の夜を照らします(2回目)
体験談キャンペーン
4月1日に「衝刺」の情報が発表された翌日、ファンから体験談を募集する企画が始まりました。募集テーマは以下の5つです。
No.1:Grow-Up Lessons
成長過程で最も勉強になったことは?
微博/Twitter
No.2:Overcome Challenges
この数年間で最も困難なことをどう乗り越えた?
微博/Twitter
No.3:Efforts and Returns
報われなかった努力についてどう考える?
微博/Twitter
No.4:Turn Back Time
チャンスがあるならやり直したいことは?
微博/Twitter
No.5:Future Ahead
未来で待ち受ける挑戦に対しどうベストを尽くす?
微博/Twitter
完成した記事
集まった体験談は記事としてまとめられ、その一部は(一応)日本語/英語でも投稿されました。2025年の現時点でも熊猫堂史上最長の記事で、この企画への力の入れ具合がうかがえます。
【特别专题】我们无法创造春天,但可以陪伴大家寻找春天
5/13 原文 微博/bilibili
5/18 英語/日本語訳 Facebook
記事では、ファンの体験談やメンバーへのインタビューを織り交ぜながら、困難な状況との向き合い方などについて語っています。
▶心灵鸡汤(こころのチキンスープ)
日本語訳で一番わかりづらいのは「心灵鸡汤(心のチキンスープ)」かもしれません。もともとは世界的ベストセラーとなった本のタイトルです。この本がきっかけとなり(?)自己啓発系の“いい話”やポジティブ格言が量産されるようになったようです。
例:生活不是等待暴风雨过去,而是要学会在雨中跳舞[萌娘百科]
(人生とは嵐が過ぎ去るのを待つことではなく、雨の中で踊る方法を学ぶことだ)
※アメリカの歌手Vivian Greenの言葉として知られている。
しかし、こうしたポジティブ格言は「表面的な心地よさだけで何の役にも立たない」と批判も多く、やがて「心灵鸡汤」という言葉自体が皮肉を帯びるようになっていきました。熊猫堂の記事に出てくるのも、この皮肉交じりの用法です。
もうひとつの「心灵毒鸡汤」(心の毒チキンスープ)は、もともとは「心灵鸡汤」のパロディとして作られた、ユーモアのあるネガティブ格言を指したようです。その後、意味が広がり、「アドバイスのように見えて実は有害な言葉」も指すようです。
【参考】
- 心灵鸡汤(萌娘百科)
- 心灵毒鸡汤(萌娘百科)
- 毒鸡汤(百度百科)
- 人民日报青年观:“心灵鸡汤”需要理性过滤(2015-03-17 人民网)
- 流行事情「鶏湯」(2016/07/13 PPW香港)
雑感
熊猫堂はずっとファンとの相互関係を重視してきましたが、『青春有你3』での外見バッシングや、アルバム『emo了』を経て、ファンと共有するテーマが深まっていった印象があります。特に「不例外」のMVで自傷行為を扱った時には、ファンが抑うつ体験などをSNSでシェアし合うということが起こりました。「衝刺」の体験談企画も、これらの延長線上にある気がします。
後年、「当時は中国の芸能界も大変だった」という話を断片的に耳にするようになりました。それでふと(根拠なく)思ったのは、この時期は、ほかでもない熊猫堂自身が厳しい状況にあったのではないか、ということです。あの記事には、困難な状況下だからこそ現れる熊猫堂というグループの本質のようなものが見える気がします。
熊猫堂がファンを巻き添え……巻き込んでいくことはその後も続きますが、熊猫堂自身が道なき道を行くグループのため、「どんなに高い山でも君と越えていく」(2025年「遇見」) だとか、「どんなに遠くてもいつか頂上で会おう」(2024年「山海」) などと、ファンに対してなかなかハードな要求を突き付けています()
今は受験の応援ソングに
現在、「衝刺」は「以夢為馬」と同様に受験シーズンの応援歌として聴かれているようです。楽曲配信サイトのコメント欄では、今も受験生たちがお互いを励まし合っています。
网易云音乐
2025-01-04
(君に決めた!私の大学院入試の勝利の歌だ。必ず第一志望で合格する!)
2025-03-21
(:大学入試まであと78日。歩みを止めず、ためらうことなく、苦しみに耐えれば、必ず成績は上がる。
:頑張ろう!私も今年高校受験です)
おしまい
熊猫堂ProducePandas
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