舞台裏⑩ モナコWBA世界ミドル級タイトルマッチ
第3ラウンド~完全決着~3.30 in モナコ


(傍でカメラを回し続けたTUG_manのブログより)



$石田順裕オフィシャルブログ 「そんな時もあるやんか」by Ameba


石田順裕はいつでも、どこでも、誰とだって戦って来た。

“なんならスーパーの駐車場でやったって構わない”

あれは暫定王者時代の頃だったか。そう言い放った事だってある。夢ついえたのか。いいや底からでも這い上がる。何度だって立ち上がる。

石田順裕は身体一つで実力を証明し、困難なマッチメークを次々と決めて行った。37歳。年の事をとやかく言われるのはあまり好きじゃない。強いヤツは強いし、勝つヤツは勝つ。

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元WBAスーパーウエルター級暫定世界王者の肩書きを引っさげて世界中のリングを渡り歩く。

ミドル級戦線。海外では読んで字の如くど真ん中のミドルだ。最も層が厚く、そして強い。世界中のスターボクサーが“最強”へ名乗りを上げひしめき合っている。

当初そこに石田順裕の居場所はなかった。日本人ボクサーに用意された枠などなかった。

“よそ者”はリングの外でも一瞬たりとも気の抜けない戦いをしいられる。プロとして契約交渉でも負けるわけにはいかない。黙っていればカモにされピンハネされる。

例えば石田順裕の運命が変わったカークランド戦。裏では試合の数時間前まで契約内容で揉めていた。

「本当は試合できなかったかもしれないんですよ。約束したファイトマネーを満額もらえる条件でなければこのまま帰るぞと、突っぱねたんです」

一歩も引かない石田陣営に相手側も“試合を飛ばすわけには行かない”とさすがに折れた。相手は手を差し出す際、一度手を引き、手のひらに“フゥッ”と息を吹きかけてから握手を求めて来たと言う。

“ふん。リングに上がれるだけでも光栄に思えよ”

あからさまに見下した態度だった。そんなものは逆にリングで見返してやればいい。自分で名前を売るしかない。

そうして“世界のISHIDA”は誕生した。

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「一見華やかに見える海外のリング。日本からしたら夢のような世界ですよね。でも試合が決まるかどうかは、結局自分次第なんです」

存在をアピールするため、激闘に次ぐ激闘を繰り広げた。悲鳴を上げる肉体にムチ打って戦う。満身創痍だ

左ヒジに激痛が走る。左肘関節遊離軟骨除去手術。左ヒジにメスを入れ、はがれた軟骨を取り除いた。

今回は唇に酷い口内炎ができてしまった。原因は不明。ストレスから来たものだろう。生死を懸けた戦いを前にプレッシャーが襲いかかった。

肉体的にも、精神的にもギリギリ限界で戦っている。

だからこそ強くなれたんだと思う。逆境と戦った日々。それがあったからこそ今があると思う。

石田順裕として最強の状態に仕上がっている。集大成を見せる。己の全てを拳に乗せる。

メキシコで戦って、アメリカで戦って、ロシアで戦って。

ここモナコで戦う。


「石田絶対勝てる!絶対勝てるぞ!」

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応援に駆けつけた徳山チャンプの声が響く。麻衣夫人は覗き込むようにして夫を見ている。ラウンドガールがプラカードを持ってリング四方に掲げた。

第3ラウンド。ゴーサインだ。

“セコンドアウト!ラウンドスリー!”
“カーン!”

ゴロフキンを倒すまで打つ。精根尽き果てるまで前に出る。行くぞ。

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石田順裕は開始ゴングと同時にリング中央へ躍り出た。最後に立っていた方が勝つ。それが石田順裕の作戦だ。つま先から毛の先まで、全神経を戦いに集中させる。

ゴロフキン左ダブルから右フックへつなげて来た。石田順裕ガード。間に合わない。顔を背けるスリッピングアウェイで衝撃を流す。ステップを踏む。

石田順裕の華麗なディフェンステクニックに客席からどよめきが起こった。

“ボディームーブメント!イシダ!”実況が叫ぶ。

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“止まらない!止まらない!動いて動いて!”セコンドが太い声を出す。

石田順裕左ジャブをフェイントに右アッパーを繰り出す。ゴロフキンパリ。空いた顔面に左アッパー。ゴロフキンガード。堅い。

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ならばと続けて石田。今度は左アッパーフェイントにワンツーだ。右ストレート入った。まだ浅いか。ダメージはどうだ。

“ビューティホーライトハーンド!フロムイシダ!”

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ゴロフキン冷酷な眼光で隙をうかがう。左。また左。恐怖のパンチ力。ゴロフキンも猛攻を仕掛けて来た。一撃の重みがハンパじゃない。

石田ショートレンジで踏ん張る。左アッパーから右ストレート。リング中央まで戻した。ゴロフキンのプレッシャーは秒を追うごとに強まって来る。石田も返す刀で攻めに転じる。

1分30秒。ゴロフキン左フックダブル。石田順裕はこの1発目を左フックで迎え撃ち、2発目に右フックカウンターを合わせた。相打ち。石田キレるような一発で効かせたい。

ゴロフキン鉄球をぶつけてくるような硬質な拳。石田順裕コーナーを背負いそうになる。これより下がっては右の強打が飛んで来る。前に出るぞ。

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石田順裕ダイレクトの右。さらに左フックダブル、ボディーから顔面へ。追撃のワンツー。揉み合う。離れ際右フック。これはガードの上だ。

石田順裕、パンチの圧力でゴロフキンを押し返す。ゴロフキンの勢いを止めろ。もっと前だ。

“はいラスト1分!ラスト1分!”

セコンドが残りタイムを大声で叫んだ。第3ラウンド残り1分を切った。

正念場。耐えろ。攻めろ。チャンスはきっと来る。

57、56…石田順裕はゴロフキンの左をかわすとトンと距離を作り直した。

55、54…ゴロフキンまた左ジャブを伸ばす。石田パリで外すとゴロフキン低く構えタメを作った。

何か来る。ボディーか。いや顔面だ。ゴロフキン伸び上がるようにして左ロングアッパー。

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石田、両ガードを絞めアッパーの侵入路を防ぎながらスウェー。次の瞬間ゴロフキンの右。動かされた。こっちが本命か。

“しまった!やられた!”

ガツンと衝撃を受けた。何が起こったか分からない。

“オーウ!ビッグライトハーンド!イシダダーウン!!ベーリィハード!”

実況がまくしたてる。会場からはドワッ!という歓声が上がった。

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石田順裕ダウン、ダウンだ。立てるか。大丈夫か。

青コーナー付近、ロープを抜けて仰向けに倒れた。記者席デスクにまで頭が飛び出し、驚いた記者が慌てた様子でマウスピースを外そうとしている。

セコンドが石田の顔を覗き込む。意識はどうか。

石田順裕はすぐに目を見開いた。起き上がろうとする。まだパンチが効いているか。しかもロープが邪魔でうまく起き上がる事が出来ない。

見かねたエルナンデスjrが手伝おうと手を出した。それをエルナンデスが叩き払う。石田に触るな。竹中トレーナーが叫ぶ。

「まだだ!まだ出るな!レフリーはまだ試合を止めてないぞ!」

セコンドが選手に触れればその場で失格になる。ストップの宣告はまだだ。レフリーはカウントをしていない。リング外まで飛び出てしまったアクシデントと判断か。

“フーウ!パチパチパチパチ!”

ざわめく会場。渾沌とするリング。その中にあってゴロフキンもまた、この状況を冷静に見極めていた。

微塵も緊張を切らさない。身体を小刻みに揺らしながら再開を待っている。目の奥に気を充満させたまま、倒れた石田順裕を睨みつけていた。

そこへGGG陣営アベルサンチェスが双手を上げてリング内へ飛び込んで来た。歓喜しゴロフキンを抱きしめる。

「何でアイツ入って来てるんだ!まだ試合中だぞ!」

石田順裕はまだ戦っている。チームISHIDAは信じている。

しかし、ここでレフリーは手を交差すると試合を止めた。ダメージは深いと判断。正式タイム3ラウンド2:20秒。石田順裕は人生初のKO負けを喫した。

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どういう事だ。オレは負けたのか。なぜだ。

目の前にセコンドのタケヤンがいる。それでは後ろからオレの肩を抱いているのは誰だ。向こうにはさっきまで戦っていたゴロフキンが見える。

石田順裕は突然の出来事に事態を把握しきれないでいた。訳が分からない。考えがまとまらない。

リング上に人が入り乱れている。まだ終わっちゃいないのに。

ふざけるな。これからだ。ファイトする。ぶっ倒してやる。オレは絶対に倒されない。立って、立って戦い続けるんだ。勝つんだ。

勝つんだ。

絶対に勝つんだ。

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「何で止めんねん!まだ一度目やろ!まだやれる!」


日本からの応援団がリングサイドに詰め寄った。物々しい雰囲気だ。“担架だ担架!”の声も上がっている。

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麻衣夫人は心配そうに夫を見ている。約束した。生きて帰って来る。

会場に設置された巨大スクリーンにリプレイが流れている。石田順裕の姿が画面から一瞬フッと消えたように映る。

石田順裕はゴロフキンの左アッパーをスウェーでかわした。そこに右フック。石田バックステップ。ゴロフキンの拳がグンと伸びる。

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石田とっさにインパクトの瞬間首をひねり衝撃を逃がそうとする。のけぞった勢いも余ってリングの外まで飛び出してしまった。

派手なKOシーンだが見た目ほどダメージはなさそうだ。また、ロープに身体が引っかかったおかげで後頭部を打ちつけずに済んでいた。

石田順裕が立ち上ると会場から暖かい拍手が送られた。

そのまま青コーナーに座るとドクターチェックを受けた。眼球にライトを当て瞳孔を診る。

“大丈夫だ。意識はハッキリしている。今のところ異常はない”

石田順裕の顔を本石マネージャーが拭う。血を吸ったタオルを折り返すとまた顔をなでた。

ゴロフキンもタオルで顔を拭う。カメラに向かって拳を突き出しガッツポーズを取った。

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石田順裕はスッとゴロフキンに歩み寄った。リング中央。バンテージを巻いた拳で健闘を称え合うと、ひと際大きな歓声が巻き起こった。

ゴロフキンが勝ち名乗りを受ける。まばゆいばかりの輝き。栄光。金と銀の紙吹雪が宙を舞う。

王者は腰にベルトを巻き「いい試合だった。イシダはとても強かった。グッドファイターだった」と語った。

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石田順裕はそれを羨望の眼差しで見ている。ゴロフキンに拍手を送り、深く一礼を捧げるとリングを下りた。

「ホンマありがとうございました!」

応援に駆けつけてくれた一団に挨拶をした、

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“石田お疲れ!ナイスファイト!ナイスファイト!”

日本応援団が笑顔で迎える。石田順裕も笑顔で応える。それはモナコへ来て、石田が見せた初めての表情だった。

完全決着。

それは挑戦者が望んだ戦いだった。やるか、やられるかの勝負だった。例えこの身ぶっ倒されようが、ぶっ倒せる試合をしたかった。

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石田順裕とチームISHIDA、日本応援団みんなで花道を逆に歩く。光が反射するミラー通りを抜けると、薄暗い舞台裏をまた歩く。

イベントはフィナーレを迎え、場内は大音量のBGMが鳴り響いている。リング上ではゴロフキン陣営が残って記念撮影をしていた。

石田順裕は音にまぎれ力一杯叫んだ。

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「ゴメンよ!すんませんホンマ!ゴメンよ!」

ベルトを持って帰るはずだった。それがみんなへの恩返しだと思っていた。勝ちたかった。勝てなかった。申し訳なく思った。

“ゴメンなんて言わんでいい。あやまらんでいい”誰かがそう言って石田順裕をなだめた。

みんなで一緒に戦ったんだ。

控え室へ続く通路。つい30分ほど前、覚悟を持って来た道だ。

“コツン、コツン、コツン、コツン…”

みんなの足音が耳を衝いた。



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